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2012年3月 9日 (金)

他人と一緒にいると、疲れてしまう?

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敏感な性質をお持ちの方は、人付き合いをすると、ぐったりと疲れてしまう、大勢の人が集まっている場所は、エネルギーが渦巻いているような気がして苦手、と感じることがあると思います。

私たちの体の周囲には、オーラと呼ばれるエネルギーがあり、いろんな情報が、見えない領域でやりとりされています。人との交流とは、エネルギーの交流でもあるので、その、「エネルギーレベルでのやりとり」が、重たく感じられたり、疲労感に繋がることもあるのです。

たとえば、ひとりで考え事をしているときでも、意識があっちにいったり、こっちにいったりしていると、オーラの状態も(思考を表す部分においては)あっちにいったり、こっちにいったり、という動きを示します。そうすると、肉体は動いていなくても、意識の部分は動いていくことになるので、精神面が疲弊してしまいます。体が動いていなくても、考え事って、結構疲れることもありますよね。

つまり、肉体が動かなくても、意識の部分が動かされると、疲労感に繋がることは、ごく一般的な日常生活でも、ありうることだとわかります。

自分にとって、一番馴染んでいるエネルギーは、当然のことながら、自分が発するエネルギーです。ひとりで考え事をしているケースでも、疲れてしまう、というのは、「馴染んでいるエネルギーであっても、あちらこちらと、動きが大きくなると、消耗に繋がる」ことになります。

他人と一緒にいて、疲れてしまうのは、他人のエネルギーや、集団のエネルギーが、自分に干渉してくるからです。

馴染みのある自分自身のエネルギーの動きですら、自分が疲労を感じることもあるのですから、それが他人のエネルギーとなったら、馴染みがない分、違和感も大きくなってもおかしくはありません。

そのように、「他人と一緒にいると、影響を受けて疲れる」ことは、エネルギーの観点からして、ありうることです。敏感な人にとっては、とても辛いことだと思います。

どのくらい、他人からの影響を受けやすいか、というのは、その人が持っている性質の敏感さにより変わってきます。また、そのときの状態にもよります。「性質としての敏感さ」と、「そのときの自分の状態(そのときの波長)」により、変わってきます。この二つの要素の掛け合わせで決まる、といえるでしょう。

性質が敏感であっても、状態が整っているときには、それほどネガティブな影響は受けないものですし、状態が高く保たれているときには、どんな場所にいっても、それほどの大きな影響はうけませんし、そもそも、ひどいエネルギーの場所には、行くようにならないものです。

なぜなら、すべては波長の法則で、同程度のものと引き合いますので、ネガティブなエネルギーの多い場所に行くことになってしまうのは、自分にも引き合うものが少しくらいはあることになります。

ですから、敏感であっても、ネガティブな影響を必ず受ける、とは限らず、そのときの自分の状態にもよるわけで・・・、ましてや、影響を与えた相手が悪くて、自分は一方的に被害を受けているかのような解釈は、スピリチュアルな視点でみれば、理屈にあいません。

ちなみに、他人から「元気をもらえる」のも、仕組みとしては、同じです。相手から、ポジティブなエネルギーの影響をうけて、自分も感化されることもあるからです。人からどんな影響をどのくらいうけるかは、相手の状態にもよるけれども、自分の状態が決めている部分もあるのです。

敏感で影響されやすいタイプの人は、「他人と一緒にいると、ネガティブな影響を受けてしまう」という、恐れを持っていて(そうなってしまうことがあるのは、事実なのでしょうが)、そのため、自分が「防御したい気持ちを反映した、トゲトゲオーラ」になってしまい、

その結果、人付き合いとは、オーラの交流でもあるので、(トゲトゲオーラを感じた)相手をなんとなく居心地悪くさせてしまい、相手の状態が悪くなっていき・・・、その相手のエネルギーを、自分がもらってしまう=ネガティブな影響を受けてしまう、というような、ループになることもあります。

恐れの気持ちと思い込みから、わざわざ、自分に負荷が掛かることを仕掛けている、ことになってしまうのです。

人間関係とは、お互いに、いろんな刺激や影響を与え合うこと、です。自分だけでは分からないことを、他人の行動や発言を通して、理解できることはたくさんあります。

他人といると、疲れてしまう、という敏感な体質の人は、実際に存在するわけで、それは気のせいではないとしても、そこを、なんとか自分の状態を維持することで、うまくバランスをとっていき、人を遠ざけないようにする姿勢も、大事ではないかと思うのです。

疲れるから、その環境を避ける、というのでは、人を通して学ぶ機会を全面的に放棄してしまうことになります。

「自分」と「他人」という、違う要素の掛け合わせは、お互いにとって大きな刺激と学びになります。

恐れの気持ちよりも、自分への刺激があり、学びを与えてもらえるという、期待と喜びを、抱いていくほうが、人生が豊かになっていきますよね。

そのためには、まずは、自分の受け止め方、考え方から変えることです。意図的に、そう解釈をしてみる、ことからスタートしてみましょう。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

コメント

ちょうど職場で何があったっていうわけでもないけれど、それぞれの思惑みたいな、目に見えない何かがあって、とてつもなく居心地の悪さを感じたり、してました。

なので、その思惑に触れた瞬間にイラっとした感じになって、その人と話すのを拒絶してしまったり。

うまいこと感情のコントロールが出来ません。

自分の問題なんだと思いつつも、いつも同じところでひっかかっちゃうので、なかなか成長できない自分に対して、ちょっとヤサグレた気分になっていたときに、今回の記事を読んだので、少し気持ちが落ち着きました。

いつも素敵なタイミングで、ありがたいです。

ありがとうございます。

投稿: えいこ。 | 2012年3月10日 (土) 01時25分

*えいこ。さま

その人と話すのを拒絶する、という態度をとることで、相手に自分の不愉快さを理解してほしい、と、心のどこかで思っていませんか。それは、分かりやすいコミュニケーションの方法かどうか、という点を、考えてみてはどうでしょうか。

不愉快さを表す態度を取ることで、相手に思い知らせようとしても、多くの場合、相手は思い知らないし(^^;)、自分も(相手に伝わらないことで)ますます不愉快さが増していくだけ、となることもあります。

投稿: リカコ | 2012年3月10日 (土) 10時48分

リカコさんとえいこさんのお話が、とても今の自分にど真ん中のことで
「ああ、そういうことだったのか!」
と、今まで悩んできたことに答えをいただいた気がします。

疲れるから今後はそういう人との関わりは避けよう、としてきたけれど
私の中にも、相手に伝えていないのに察してほしいという甘えがあったのだということにやっと気づきました。
「今してることって、分かりやすいコミュニケーションの方法なのかな?」
そんな風にいつも自分に自問自答していきたいです。

投稿: すみれ | 2012年3月11日 (日) 16時12分

*すみれさま

周囲の人と、全員に等しく親しく付き合わなければいけない、というルールはないので、気が合わない相手や疲れる相手と、無理に関わらなくても、距離を取ることは自由だと思います。

ただ、その場合は、普通に距離を取ればいいのであり、自分が口をきかないことで、相手に不愉快さを察してほしい、という思いからの行動になってしまうと、(相手は、そこまで気づいてはくれないと思うので)、自分がますます不愉快になっていくと思うのです、込めた思いが伝わらないからです(^^;)。

では、直球で相手に、そうと伝えるのが良いかと言えば、そうとも言えないわけで・・・、そこは、ケースバイケースで、何でも思ったままを伝えたら、伝えた側が、空気の読めない人、になってしまうこともあると思います。

なので、さじ加減は難しいのですが・・・、「他人とは、そう簡単には、分かり合えないもの」という前提で、付き合いの密度を、使い分けていくのがいいのかな、と思います(^^)

投稿: リカコ | 2012年3月11日 (日) 16時46分

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