« 揺らぎやすい人は、過剰なまでの「自分探し」をしてしまうことがある。 | トップページ | 目標を立てるのは、「スタートをするため」 »

2012年3月14日 (水)

真面目な人が、「他人を見る目が、厳しくなりがち」なのは何故?

細かいことまでよく気がつく真面目できちんとした性格の人ほど、他人を見る目がとても厳しくなってしまうことがあります。

真面目できちとしないと気が済まない人ほど、日頃から抱えるプレッシャーも大きく、自分に課すハードルも高いので、その分、苦労も努力も人一倍していることになります。

そういう性格の人は、わりと自己完結タイプで、他人からの評価をそれほど強くは求めていないものだったりしますが、しかし、心のどこかには、「自分は、他人の評価をあまり必要としていない自立心がある、という点も含めて」理解してもらいたい、認めてもらいたい、という思いが、少しくらいはあるわけです。

そういう気持ちが、「他人を見る目が、厳しくなる」という言動に表れてしまうことがあります。

自分は、こんなに努力をして我慢をして、ここまでになったのだから、あなたも同じくらいのことをして、最低限のレベル(と、その人が思うレベル)までは、達してよね、という思いで、相手を見てしまうのです。

自分に課すものを高くして向上を目指して頑張ることも、他人の成長を望む気持ちも、どちらも、それ自体はネガティブなものではないので・・・、そういう、自分の思考のクセのようなものには、なかなか気づきにくく、自分を正当化してしまい、改めることが出来にくい感情のひとつ、のようにも思います。

それ自体はネガティブではなくても、どうなると、ネガティブになってしまうか、というと、「自分が認められたい気持ち」または、「自分が認められていない、と感じる気持ち」と、掛け合わせになった場合、です。

それらが掛け合わされてしまうと、一生懸命にやらない人の様子を見てしまうと、心のどこかで、自分の一生懸命さが否定されたような気分になってしまいます。

または、自分がものすごい努力をして到達したことを、それほどの努力もなくあっさりと成し遂げてしまう相手に対して、大きな嫉妬心がわいてきます。理由は同じで、自分の一生懸命さが否定されたように感じてしまうからです。

「(自分がこれほどまでに努力を為て成し遂げたことを)あっさりと成し遂げるのならば、それをもっと深めて解釈すべき、とか、さらに上を目指さないなんておかしい」というように、こじつけの批判的目線を持つようになることもあります。

その理由は、先にも書いたように、自分の今までの努力を認められたい気持ちゆえ、です。または、それほどに努力をしている自分が、正当に扱われていない、という不満があるためです。

つまり、見つめて行くべき点は、世の中の人々の至らなさ・・・ではなく、自分の思い、なのです。自分の中で、解消されない思いを、努力をしていない周囲の人に投影していることになります。

こういう感情の解消をしていくのは、かなりの上級編で・・・、向上心そのものは、決して悪いものではないだけに、自分の感情を見つめるのも、それを相手に期待しないことも、いろんな要素が入り乱れて、難しいのですが、ここを乗り越えないことには、他人を信頼することができなくなります。

他人を信頼できないと、ますます自分が頑張るしかなくなり、その努力が過剰になれば消耗してしまうでしょう。

真面目で努力家な人の中には、他人を信頼することができないから、過剰に自分が頑張っているという、場合もあるわけです。「自己完結タイプ」なのは、自立心からそうできている場合もあれば、他人を信頼できないからそうせざるを得ない、という場合もあるのですね。

このあたりまでの自己分析は、とても深く、痛いところに切り込んでいくので、とても難しいものですが・・・、ここを乗り越えていくと、いつも張り詰めて過ごしている人も、心の安らぎが得られるようになります。

他人の自己責任の自由を認めても、(それは、その人個人の領域で行われるものなのだから)、自分の過去の努力が全否定されるわけではありません。

他人が自分を否定しているのではなく、自分の感情の持ち方ゆえに、否定されるのではいか、という恐怖心に繋がっている(他人を信頼していないから)、と、気づくことです。

気づいて、すぐにすべてが解消されるわけではありません。長い時間がかかると思います。それは多分、年単位になるでしょう。しかし、それだけの時間をかけて取り組む価値があると思います。他人を信頼できない、というのは、とても苦しいことだからです。

この記事に自分が該当する方は、多分、記事を読み進めることすらキツイと思います。でも、大事なことだから、書いてみました。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

|

« 揺らぎやすい人は、過剰なまでの「自分探し」をしてしまうことがある。 | トップページ | 目標を立てるのは、「スタートをするため」 »

10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

今日の記事はまさに自分にあてはまる内容でした。少し自分がわかった気がします。ありがとうございます。

投稿: さちこ | 2012年3月14日 (水) 23時26分

*さちこさま

参考になりましたら幸いです。

投稿: リカコ | 2012年3月14日 (水) 23時56分

この一ヶ月ほど、まさにこの記事の内容にあることで、ずっとイライラしていました。

今までの過去を振り替えってみても、私が他人にイライラするときは、まさにこういうことだったんだと思いました。

自分が一生懸命なときに一生懸命じゃない人を見るとイライラするし、今まで自分が頑張ってきたことを誰かがうまくやったりすると、自分よりもうまくされたらどうしようと思って焦りの気持ちが出てきて、イライラします。

こういう感情をどうしたらいいのか、わかりません。

もっと人に優しくなりたいです。

投稿: えいこ。 | 2012年3月15日 (木) 00時03分

*えいこ。さま

>この一ヶ月ほど、まさにこの記事の内容にあることで、ずっとイライラしていました。

>今までの過去を振り替えってみても、私が他人にイライラするときは、まさにこういうことだったんだと思いました。

>自分が一生懸命なときに一生懸命じゃない人を見るとイライラするし、今まで自分が頑張ってきたことを誰かがうまくやったりすると、自分よりもうまくされたらどうしようと思って焦りの気持ちが出てきて、イライラします

ここまでの分析は、いいと思います。きっと、この記事の内容と関連する感情が、ご自身の中にあったのでしょう。

けれど、その分析の結果が、

>もっと人に優しくなりたいです。

と、まとめてしまうと・・・、多分、そこから先に進めないと思うのですよね。ご自身で読み返してみて、どうですか?「もっと、人に優しくなりたい」という一文と、それ以前とでは、よく考えると、内容が関連しないと思いませんか。

そこで、焦点をずらしてしまうと、分析を受けて、では自分がこれからどうしていくのがよいか、という改善のための手段や考え方のほうに、意識が向かなくなります。

難しいですけど・・・、自分から焦点をずらさずに、分析を進めていけると一番よいのですけれどね(^^)。

投稿: リカコ | 2012年3月15日 (木) 09時07分

うわ~・・・まさに自分のことだ、と思ってしまいました。結構なんでも自分ひとりでちゃっちゃとやってしまうタイプです。それゆえのんびりしていて動かない人(うちの夫もそうなのですが)を見ているとイライラしてしまっていました。結局頼れるのは自分だけ、みたいな部分があります(;´▽`A``
これは一体どう対応していったらいいのでしょうね。他人の人格やペースも認められる寛容さを持ちましょう、ということなのでしょうか。

投稿: risarisa | 2012年3月15日 (木) 17時27分

*risarisa さま

のんびりして動かない人をみて、感情的にイライラする、というだけなのでしたら、ここで取り上げているケースとは別かもしれませんね。

今回の記事は、なかなか自覚できないような深いところに、「自分を認めて欲しい気持ち(つまり、今は認められていないという気持ち)」や、「正当に評価されたい気持ち」が存在する場合を取り上げて書いています。

投稿: リカコ | 2012年3月15日 (木) 18時14分

とっても仲良しのお友達で、大好きなのに、彼女のほうが自分よりも得していると思ってしまったり、「気楽で良いわね!」と思ってしまったり、彼女が損をするとちょっと安心したりする自分がいて、すごく嫌なのに、そうなっちゃうんです。
彼女のことを見る目が厳しくなっているかと言うとそんなことはない・・・と思うのですが、「自分が認められていないと感じる気持ち」「普段は意識せずとも本当は認められたい気持ち」は、今の自分のモヤモヤに該当するな、と思って読んでいました。
私の場合は、自信がつけば良いのかもしれないです。
甘えん坊で怖がりなのかなと思いました。
ちょっとずつ自分と向き合いたいです。

投稿: マコト | 2012年3月15日 (木) 18時57分

*マコトさま

仲良しのお友達でも、ライバル心が出てくることはあると思います。少しくらいなら、総合的にみてうまくいっているなら、あまり気にしなくてもいいのかもしれませんよ。

認められたい気持は、(上記の友達への感情とは別のものとして)ではどうすれば、その気持ちが満たされていくのか、を、自己分析をしてみてはどうでしょうか。

投稿: リカコ | 2012年3月15日 (木) 20時36分

連日、今向き合ってることを記事にしていただいて
とても勉強させていただいています。

自分自身も人を信頼できていないので
日頃から努力や我慢をして
規律や決まりごと、常識を守るように過ごしています。
そうしないと、自分自身に居場所がないと思っているからなのですが・・・。
最低限守らなければいけないことが自分の中にあって
自分ではそれを守らないと、周りの人と同じラインに立てないと思っています。

自分自身に対する無価値感から自分に課していることで
自分を苦しめていたなんて目から鱗でした。

気付かせていただいてありがとうございます。

投稿: すみれ | 2012年3月15日 (木) 22時50分

*すみれさま

あなた自身のケースが、自分に対する無価値感が、その行動の原因だった、という分析になったのでしょうか。

そうなると、ここに書いているケースとは、また別になると思うのですが、(この記事は、自分の価値が、他人から認められていない、という気持ちについて、なので、つまり価値があるのに、認められていない、と思っていることになります)

それでも、ご自身の分析に繋がったのであれば、それはそれで、よかったと思います(^^)

投稿: リカコ | 2012年3月15日 (木) 23時20分

忙しくてなかなかネットも見れずでしたが
久しぶりに拝見させていただきました!

まさに、何度も何度も浮上する苦しみの原因について
書かれていてびっくりしました。いつもタイムリーです。

頑張れない息子を見ると、何故だろう何故だろうと
本当に答えが見つからず、、、。
ブログを読むのにも今までで一番苦しい感じがしました。

どこまでも認めてもらいたがってる自分

にもう一度向き合いたいと思います。

ありがとうございます!
リカコさんのブログがまた読めて嬉しいです!

投稿: りんご | 2012年3月16日 (金) 00時47分

*りんごさま

いつも、息子さんだけに同じ感情がでるならば、それは息子さんと共有している独自の問題で、この記事とは関連しないかもしれませんが、他の相手に対しても、状況や相手を変えても、同じような苦しみがあるならば、自分自身の中に、認めてもらいたい気持ちが、あるのかもしれません。

「もっと○○べき」的な厳しい目線になるのは、理性で行動できる「はず」の、ある程度大人になっている相手に対して、感じることが、一般的には多いと思われます。

投稿: リカコ | 2012年3月16日 (金) 10時03分

皆さんのコメントを読ませてもらって、改めてまた記事を読んだりして、自分についてひとつ気付いた事は、人から認めて欲しいと思うのは、もしかして自分で自分を認めていないから?けっこう自分に厳しいのかも。

投稿: さちこ | 2012年3月16日 (金) 10時48分

*さちこさま

いろいろ、分析なさっていくと、いろんなことが見えてくると思います(^^)。

投稿: リカコ | 2012年3月16日 (金) 11時03分

長年の疑問がわかりました。
私はまったく他人をあてにしていません。
(でも、かまってもらいたい(苦笑))

他人を見ると分析するクセがあって、あの人は優しいけど自分の意見が言えない、あの人はもう少し視野を広げたらいい、あの娘はもう少し品があったら可愛くなるのに等々
ダメ出しのようなことを頭で考えています。

他人の努力ポイントが浮かぶのは、「もっと私のように努力しなさいよ」とその裏に
「こんなに努力できる私ってスゴイでしょ?あなたにはできないでしょ」
と私のことを認めさせてたかったんですね。

スッキリしたので改善点を考えてみたいと思います。

投稿: ナツ | 2012年3月16日 (金) 13時10分

いつもブログ拝見させていただいています。
足の方回復に向かわれて良かったです。
本日のブログですが、リカコさん、以前は怠けている人を見て、周りと一緒に批判していた私が、自己探求をしている中で、考えが変わっていき、今度は、批判している人に対して、人それぞれじゃんっ…と思う様になりました…。ループしてますかね…?このブログに書いてある様に、認められていないと感じる事は無いのですが(まだ気付けてないだけですかね)、自立心は強いです。

投稿: はすみ | 2012年3月16日 (金) 14時11分

*ナツさま

さらに一歩踏み込んで、仮に、相手が、努力をして実際に向上したとしたら・・・、と考えてみると、より深くわかると思います。

それで気が済んで、自分の気持ちが晴れやかに・・・とは、ならないと思うのです。多分、それでは、面白くないはずです。なぜなら、相手に厳しい目を向けるのは、相手が努力しないからではなく(表向きは、そういうことになってはいますが、実際は)自分が認められたい気持ちがある、自分を正当化したいからであって、相手が努力を為て向上しても、自分が認められなければその気持ちは収まりませんからね。

そこまでたどり着いたら、山を半分越えたも同然で、改善策を考えていけると思います(^^)

投稿: リカコ | 2012年3月16日 (金) 15時31分

*はすみさま

認められてないと感じることはないのであれば、この記事で取り上げているケースには該当しないのではないでしょうか。

この記事は、「批判的になってしまう」ことと「認められたい気持ち」が結びついているケースを取り上げています。

投稿: リカコ | 2012年3月16日 (金) 15時39分

すみません、先程は失礼致しました。では今の私は今回の内容には当てはまらないですね。
認められたいという気持ちが以前は強く、他人にも批判的でした。
それから自分を分析し、認めたくない自分も沢山いて、辛い時期もありました。今大分、楽になっています。以前はもう、すごく生きづらかったです。勿論、まだ完全ではありません。
今は認められたいとは一切思わないのですが(自分でまず自分を認めようと思っています)、他人を批判している身近な人に対して(以前の自分)、十人十色なのに…と思ったり、言ってしまう自分がいます。これはある意味批判ですよね。勿論、愛情あってこその思いで、他人に対しては思いません。
今の自分が大分楽になったので、身近な人にはそれを伝えたくて、もどかしさを感じたりして、理解を求めたりするんだと思います。
ネガティブでは無いにしても、相手に強く求めすぎるのは良くないですね。こういう思考癖にも気付けてはいるのですが、難しいです…。そして、いつも勉強になるブログありがとうございます。以前から温かいブログでしたが、最近更に温かいブログに感じます。

投稿: はすみ | 2012年3月16日 (金) 19時42分

*はすみさま

人は、自分が聞きたいように聞き、受け取りたいよう受け取るものであり、どのように受けとめるかを、他人がコントロールすることはできないものだと思います。

過去のあなたも、そのときは、気づけなかったように、他の方達も、今は同じ時期かもしれず、それぞれタイミングがあると思います。

投稿: リカコ | 2012年3月16日 (金) 20時05分

リカコ様

初めてこちらのサイトを訪問し、共感させていただいたので私の感想をコメントさせていただきます。

私は福祉サービス業の管理者をしております。
5年ほど前から一緒に働いている部下で、30代の女性職員の指導について考えていたところ、こちらのページに辿り着きました。

彼女は頭脳明晰、仕事は優秀、利用者や保護者からの信頼は絶大です。本当に福祉の仕事が好きなのだと思います。
一度は現場責任者も任せていました。

しかし、真面目で完璧な性格ゆえ、同僚や後輩などに自分と同じレベルを求めがちで、言葉がキツくなったり職場で明確に批判する発言や虐めともとれる行動が出てしまうのです。過去に彼女の下についた部下は精神的に追い込まれ退職や異動を余儀なくなってしまいました。

頭のいい彼女は、私が伝えたり自分で気が付いたりすると、胃痛を起こしてしまうほど自分を責めてしまいます。
様々な注意や声掛けをするのですが、その時は理解してくれても時間が経つと徐々に短所が現れてきます。
彼女の長所を生かしながら長く働いてもらうために、私も上司としてこれからどのようにしていくべきか非常に悩んでいます。

私もリカコさんがおっしゃるように、徐々に時間を掛けていく外はないと思っています。
人の気持ちや性格は簡単に変わらない難しいことだとは、私自身の身に置き換えてみれば容易に想像がつきます。

こちらのページを拝見し、少し安心しました。
長々とした愚痴のような感想になってしまい、失礼しました。

投稿: 笑顔楽 | 2017年5月30日 (火) 16時04分

笑顔楽さま

完璧にやりたい方というのは、間違いや不手際で、二度手間になることが嫌だったり、自分以外の人が失敗したことで自分にフォローがまわってくるのが嫌だから、という気持ちをもっていることも、多いかもしれません。

この記事の内容のように、自分が認められたい気持ちから厳しくなるのか、

それとも、単に、他人がとろくてイライラするのか、自分のペースが乱されるのが嫌なのか、

または、他人が間違ったことで自分がフォローしないといけないとか、自分の評価が下がることや、指摘されることが嫌なのか、

その部下の方は、「何がどうなることを嫌がって、そうなるのか」という理由を見つけることで、ふさわしい対処法も、わかってくるかもと思います(^_^)。

投稿: リカコ | 2017年5月30日 (火) 18時22分

リカコ様

早速の公開、そしてご返信もいただき、
ありがとうございます。

ご回答いただいた部分について私は、
正直どちらだろう?と、すぐにわかりませんでした。

しかし、彼女の様子を少し遠めに観ていると
どうやらリカコ様が推察された通り、
「他人がとろくてイライラ(もう一度説明しなきゃダメ?)」
「自分のペースが乱されるのが嫌(私の仕事<気持ち>の邪魔!)」
といった思いの部分が強いのかも知れない、と気付きました。

「何がどうなることを嫌がって、そうなるのか」
をもう少し見守った上で、対処方法を考えたいと思います。

的確なアドバイス、感謝致します。

投稿: 笑顔楽 | 2017年6月 2日 (金) 15時56分

リカコさま

どうにもならないとの思いでいる時に、このメッセージと出会う事ができました。ありがとうございます。

私はいつも誰かにイライラしています。
なんでもっと必死に頑張らないの?仕事なのに!
今の職場でも前の職場でも、ある程度自分ができるようになると、同僚や後輩へこうした感情をもってしまいます。

私の考え方がいけないのではないか、と思う事もあるのですが、中途半端に仕事する人がまず改めるべき、という考えから抜け出せずにいます。

メッセージを読んで、色んな事に気がつく事ができました。本当は、なんでみんな「私のように」頑張らないの!と思っている事や、例え頑張ったとしても、私は他人を認める気がなく、認めてしまったら自分の方が劣っている事になるような気がして怖がっている事。本当はとてもチヤホヤされたい事。

この歪んだ考え方のクセは、私にすごく染み込んでいるから、直すにはとても時間がかかりそうです。でも今まで自分の問題も人のせいにしてきた事を反省して、自分も他人も前向きに認められるように変わっていきたいです。

大切な事伝えて頂き、本当にありがとうございます。

投稿: カヨコ | 2017年6月27日 (火) 14時55分

カヨコ様

友だち付き合いなら、流せることでも、仕事となると、利害や損得が絡んでくるので、「ずるい」とか「自分が割りをくっている」という感覚にどうしても、誰もがなりやすいので、こういうことは、気づくことがまず難しいのです。

その点に、ご自身で気づくというのはすごいですね(^_^)。

だいたい、こういうことは気づくだけで、何も変えなくても、そのままで、自然と変わることが多いですよ。自分の受け止め方が変わると、イライラがでてきたとしても、その裏側に、理解が伴うからでしょうね。そうしてゆっくり変わるといいのではないでしょうか。

投稿: リカコ | 2017年6月27日 (火) 22時30分

リカコさま

ありがとうございます(^^)
自分の認めたくなかった部分をこうして伝えた事で、張っていた気持ちを色んな場面で解いていける気がします。
嫌だなと思う人もまた、自分自身がまだ自覚していない欠点やコンプレクスを気づかせてくれる大事な人なのかもしれないなと感じました。
これからもブログ楽しみにしています。

投稿: カヨコ | 2017年6月28日 (水) 22時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 揺らぎやすい人は、過剰なまでの「自分探し」をしてしまうことがある。 | トップページ | 目標を立てるのは、「スタートをするため」 »