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2012年2月 7日 (火)

自らが望んで、苦難をも学んでいる世界が「この世」です。

スピリチュアリズムとは、私たちが、霊的な向上をしていくための、指針となってくれる思想であり哲学です。

これらは、あくまで、私たちの自力に基づき、いかされるものであり、魔法のように困難を解決したり、願いをかなえたりする方法ではありません。

私たちは、あえて「この世に、学びのために生まれてきている」のであって、面白おかしく過ごすために、生まれてきているのではありません。

学び、ですから・・・、困難も忍耐も、必要ならば、経験「させられる」でしょう。

これらは、「誰が」、そうさせているのでしょうか。この私たちの困難を、与えているのは誰なのか、というと・・・、その答えは、「自分自身(のたましい)」です。

それは、「自分」というとらえ方でも、「グループソウル」や、「守護霊」というとらえ方でもいいと思います。これらは、理解のための便宜用の定義のようなものですから、どれが正しく、どれが間違っている、というわけでもありません。広い意味でいえば、守護霊も自分である、と言えます。また、自分とは、グループソウルの一部です。

それら、広い意味での、「自分自身のたましい」が、必要な経験を、「今回の人生を生きている、自分」に、与えているのが、「カルマの法則」の仕組みです。

私たちは、「あえて、この世に、学びのために生まれてきている」のであり、「あえて、そのことを忘れている」のであり、「あえて、困難や忍耐をも、学んでいる」というのに、それを、簡単に除く方法が、あるものでしょうか。

仮に、100歩譲って、簡単に楽ができる方法があるとしても・・・、それは、自分のたましいの向上に、まったく寄与しないことは明らかです。

私たちの人生は、困難を経験するためにある、というわけでは決してありません。それらの出来事を通して、学んで成長していくことが目的です。

私たちは、困難に直面したときに、物事を深く考えるものです。「そのため」に、困難があるのです、悩み苦しむと言う経験から、大切な学びに気づくために。

すべて出来事は、自分が、自分に与えている、成長のための学びの機会なのです。

そのことから学ばずに、出来事をスキップするようなお手軽な方法論を、どこの誰が、与えくれるものか・・・、スピリチュアリズムという、私たちのたましいの成り立ちを考えてみれば、魔法のようなサポートが与えられるはずがない、とわかるはずです。

この点を誤解している多くの方は、「自分に降りかかる困難は、自分自身が与えている」という、スピリチュアリズムの根幹の仕組みを、理解なさっていないのだと思います。

たとえば、自分に全く無関係の困難が降りかかり・・・、それを、守護霊や霊的な存在が、サポートしてくれて、一緒に避ける方法を考え取り組んでいく・・・かのように、思っていらっしゃるのではないでしょうか(この理論は、前提が間違っています)。

この世でおこるすべては、自分がしたことが自分に返るという「カルマの法則」、そして、自分と同じ要素の出来事が引き寄せられてくるという「波長の法則」から成り立っていますから、自分のまったく無関係な出来事が、降りかかることはありません。

先にも書いたとおり、私たちは、必ずしも困難のみを学ばされるわけではありません。ですから、自分が引き起こしたこととはいえ、「より、効果的に、気づきや学びを得るための、サポート的なヒント」は、得られることはあります。

あくまで、私たちの自力を前提として、それをサポートするための導きは、必要なときに、一番ふさわしい形で、与えられます。気付きや工夫も学びなので、より効果的な向上の方法をとるために、ヒントが示されることもあります。

しかしそれは、「あちらの方たちの観点で、必要だと判断されたとき」に、または「私たちが、そのヒントを与えられるに相応しい自分になったとき」に、必然で、示されるものであり、どれほどに私たちが望んでも、不要な手助けをされることはありません。

「あちらの側の、霊的な観点からみて必要であるとき」、と、「私たち人間の感情論での、導きを求めているときは」、同じになるとは限りません。

つまり、霊的な働きかけを得られるか否かは、私たちの「困り度」とは比例しない、ということです。

どれほどに辛くて困っていたとしても、その内容が、あまりに物質的価値観に基づいたものだったり、自分がそこから学ばなければならないことに気づかず、他人のせいにしていたりしては、サポートは得られないでしょう。それは「あちらの霊的な観点で、必要だと判断されたとき」に該当しないからです。

この世を生きている私たち人間は、誰もが未熟な部分を抱えている存在ですから、楽な方に流されたり、気持ちが緩んだり、できれば得をしたい、という気持ちになってしまうことは、少しくらいは、しょうがないとも言えます。

けれど、楽をするために生まれてきたのではないので・・・、すべてを「自分の学びになるだろうか」という観点から考えていくことが大切です。とても難しいことですが、一生をかけて、私たちは、さまざまなことを経験して学んでいくのです。

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★12月5日に、雪道で転倒し骨折、救急車で運ばれ、手術をしました。現在は退院しましたが、リハビリ通院中のため、通常のリーディングの受付は休止中です。

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