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2012年2月の15件の記事

2012年2月29日 (水)

・箱の中には、何が入っている?(1)

今年も、昨年と同様スカイプを使用した「スピリチュアルなレッスン」を、準備中です。今年は、個人レッスンで対応させていただきます。

スピリチュアリズムへのさらなる理解を促し、直感力や思考力を磨いていく目的で、瞑想その他、各種指導を行います。

その中で、「簡単な透視の練習」というワークを取り入れていきます。

透視力のみを抜き出して身につけることは不可能であり(それは資質によるのあり、特定の技法でなされるものではないので)、能力の獲得を目的とするわけではないのですが、それらの練習を通して、楽しみながら、眠っている感性を活性化させていきます。

当たったからすごいというわけでもなく、当てることが目的ではないですが、瞑想等と組み合わせ、題材を選びながら行っていくと、意識が広がっていき、オーラが明るくなっていくので、その点を目的として、取り入れていきます。

今回は、レッスンを検討している方も、そうでない方も、練習?として、軽い気持ちで、以下の写真の、「箱の中に、何が入っているか」を、当ててみてください。

ぱっと瞬間的な印象のほうが当たりやすい方もいますし、じっくり時間をかけたほうが当たりやすい方もいます。また、得意な方法と「関連付け」をしながら、自身のガイドスピリットと、何らかの方法を構築していくケースもありますね。

その辺は、回数を重ねて統計的に把握していくものなので、詳しくはレッスンの中で、必要があれば、指導させていただきます。

では、以下の ピンクの箱のなかに、(箱の大きさは、5cm×5cmくらい)、どんなものが入っているかを、当ててみてください。コメント欄に、書いてください。

品物名をズバリ答えてもよいですし、形とか、色とか、どんな雰囲気のものかを当てるのでもかまいません。やわらかいものとか、光っているものだとか、そのような答え方でもいいです。

箱の大きさに見合ったものが入っているとは、限りません。

Image229

「回答例」:銀色の時計、もしくは、輪の状態になっている金属、ブレスレット等。

どんな答え方でもかまいません( ̄∀ ̄)。軽い気持ちで、挑戦してみてください。正解は、後ほどUPします。では、お待ちしております。

>>

では、回答です。19:30

Image230

写真のとおり、中に入っていたのは、ローズクオーツの、ペンデュラムでした~。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。

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2012年2月27日 (月)

見えないことを語るのが、スピリチュアル、ではない。

スピリチュアルというのは、「霊的な」「たましいの」という意味の単語であり、スピリチュアルな考え方、スピリチュアルな生き方、というのは、霊的な価値観を重んじて物事をとらえていく考え方や、生き方を指します。

この「霊的な価値観」の対極にあるのが、「物質的な価値観」です。「この世的、現世的」と言い換えることもできるでしょう。目に見える品物の価値、肩書きや立場やお金など、この世ならではの価値観だけで、物事を計っていくことを表します。

人間とは、肉体を伴った霊的存在です。つまり、私たちも、実は霊なのです。

その、霊である私たちは、この世という物質の世の中で、霊(性)を向上させる学びを自ら望んで行っています。

物質の世界で、物質的価値観によるさまざまな事象を経験し・・・、そんな中でも、自分の霊(性)を向上させていき、自分の中にある霊的な価値観を再認識していく、という、一見まどろっこしい(笑)学びを、あえて行っています。

この世は、物質界ですから、物質的価値観に則った、さまざまな仕組みや考え方があるのは、当然のことです。私たちは、霊である、とはいえ、しかし、同時に肉体という物質も備えている存在ですから、霊的価値観だけで、生きていくことはできませんし、そうするのが望ましい、というわけでもありません。

私たちは、物質界に、学びに来ていて・・・、単に霊として霊を学びたいなら、そのまま霊界にいればいいわけで( ̄m ̄;)、この世にいる、ということは、物質界ならではの学び方を、選んで生まれていることになります。

物質界で、物質的価値観「だけ」にとらわれずに、霊的な価値観を重んじる、というのは、難しさがあります。重りをつけて筋トレをしているようなもので、スムーズにいかずに、負荷があります。

だからこその、学び、なのです。

つまり、この世という物質界で、霊でもあり、しかし肉体という物質も備えている私たち人間にとって、「見える物だけにとらわれない、霊的な価値観を大事にすること」と、そして、「物質や、現実の出来事の中から、霊的な価値観を見出し成長していくこと」が、スピリチュアルな学びであり、考え方であり、生き方である、といえるでしょう。

目に見えることや、現実の出来事はスピリチュアルじゃない、という解釈は正しくありませんし、同様に、目に見えないことならば、それはすべてスピリチュアルな考え方、というわけでもありません。

目には見えないことでも、物質的価値観の欲求から生まれるものはありますし、物質や現実の事象という目に見えることのなかに、大切な霊的価値観の学びが含まれていることもあります。

何をどこまで見出せるかは、その人が、どれだけ霊(性)を備えているか、磨いているか、によるでしょう。

それぞれの、霊としての「格」が、得られるものを決めていきます。霊としての格、とは、イコール人格です。

スピリチュアルな生き方とは、霊としての格、人格を磨いていく生き方である、ともいえるでしょう。

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2012年2月26日 (日)

どちらが、自分にとって「良い選択肢」なのか。

いくつかの選択肢を前にして、どちらが、自分にとってより良い選択肢なのか、迷って決められないことがあると思います。

決められない状態から脱して、決められるようにするために、より多くの情報を集めたり、時間を掛けて考えたりしても、なかなか結論が出せない状態になっているときには、「良い選択は、どちらか」という考え方そのものに、決められない理由が潜んでいる場合があります。

どちらが、自分にとって「良い」選択肢かを、判断する基準がきちんと決まっているなら、結論にたどり着くことは難しくはありませんが、基準がないままでは、結論が出せません。

具体的に、何がどうなっていることが「良い」状態といえるのか、考えていなければ、どれだけ時間をかけたし思考でも、言葉の表面だけを滑っていくかのように、深みや重みを伴わなくなってしまいます。

たとえば、「無難でリスクがなるべく少ない選択肢」を良しとする場合と、「大きな飛躍が出来る可能性がある選択肢」や、「自分が昔からやってみたかった内容の選択肢」を良しとする場合では、選ぶものが違ってきますよね。

希望の全部を満たす選択肢はない、という前提で考えることも大事だと思います。パーフェクトな選択肢があるなら、すぐに決断できるわけで、悩んで迷っている時点で、何らかの希望に沿わない要素がそれぞれに存在するのですから、何かの要素を優先して考えるしかありません。

自分にとって、何が「良い」ことに該当するのかを、分析した上で思考すれば、少なくとも、選択肢の範囲を絞り込むことは出来るでしょう。最終的に一つを選ぶまでに、時間は掛かっても、明らかに該当しない選択肢は排除することができ、迷う範囲を狭くすることはできるはずです。

そういう分析がないまま、あいないに、「良い選択肢を選ぼう」とだけ思っても、どの選択肢にも、メリットもあればデメリットもあるので、思考があちらにいったり、こちらにいったりして・・・、時間を掛けて考えているわりには、いつまでも決断ができません。

自分にとって、「どのような要素を満たす選択肢こそが、良い、といえるのか」を、まずは考えてみましょう。それだけでも、ずっと、思考がまとまりやすくなって、少なくとも「不要な選択肢を除く」ことはできるので、決断へ向けて、少しだけ前進することはできると思います。

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2012年2月25日 (土)

人間関係の問題は、「どこ」にあるのか。

人間関係で悩んでいる人は、少なくありません。上司がひどい、旦那が悪い、私は被害者だ、と、そのように考えてしまうことはあるでしょう。

そういうときには、やれ「相手を変えることはできない」だとか、「自分にも悪いところはある」などという表現は、きれいごとの理想論で、現実とはかけ離れている、だって、これほどに相手に非があるのは歴然としている、と、納得の行かない気持ちになることがあると思います。

そういうときには、「人間関係」とは、「どこ」にあって、そして、「人間関係の問題点」とは、「どこ」にあるのかを、図でイメージするとわかりやすいと思います。

人間関係とは、

まず、自分がいて

Imageaka

そして、相手がいて

Imageao

自分と、相手との「間」につくられるのが、「関係」です。

Imageaoaka

ですから、自分と相手との「人間関係上の問題点」も、同様に、上記の図の、白抜きの位置にあることになります。

けれど、「上司がひどいのよ、私は悪くないのに」「旦那が、こんな性格だから私は困っている被害者なの」と、思っている人は、

Imagekoko

上記の矢印の部分に、問題の原因がある、と言っていることになります。

その解釈は、「関係」から、位置がずれています。そうなると、まったく自分には無関係の問題で怒っていることになります。人間関係のやりとりで、うまくいかないところがあるのならば、やはり、問題となるところは、お互いの「間」に存在するはずです。

ですから、人間関係の問題において、相手「だけ」に原因がある、という考え方は、ちょっと意味がとおらなくなってしまいます。

相手を変えることはできない、とか、自分にも原因がある、という解釈は、人間関係が、お互いの「間」につくられる空間に位置するからです。その空間を構成している半分は、自分ですよね。

自分を変えていけば、人間関係も変化する、というのは、構成要素の半分が自分だから当然、半分が変われば、混ざり合って作られる関係も比例して変化していく、という、当然の反応の結果なのです。

もしも、本当に、自分に一切の改善点がなく、相手だけが一方的に悪い、というのであれば、それはすでに、「二人の人間関係の問題」ではなく、「相手の個人的な問題」になるのではないでしょうか。

「人間関係」に、自分が口を出せるのは、こうすべき、と主張ができるのは、自分もその関係の当事者だから、です。先にもかいたとおり、お互いの間に位置するわけですから、構成要素の半分は自分だからこそ、です。

相手個人の問題には(相手だけが、一方的に悪い、という解釈をするのならば、それは個人の問題になると思います)、自分は当事者ではないのだから、口を出すことはできませんよね。

人間関係の改善のためには、謙虚さをもって、自分を省みる姿勢が大切ではないでしょうか。それなくして、上司がひどい、旦那が悪い、といっているうちは、なかなか、問題が改善しないと思います。

なぜなら、「その問題点がどこにあるのか」という、「焦点を当てる位置」が、正しく認識されていなからです。

そして、その観点で考えていけば、人間関係における解釈として、「相手を変えることはできない」だとか、「自分にも悪いところはある」などという表現は、きれいごとでも理想論でもなく、ある意味、「理屈は通っている」ことになると思います。

一方的な、自分目線になっているときは、相手が全部悪くて自分は悪くない、と、そのように思ってしまうもの、かもしれません。しかし、そう思っているうちは、問題が解決することも、まず、ありません。

まずは自分をみつめていくことが、どんな場合でも、大切であり、そして効果的だと思います。

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2012年2月23日 (木)

改善のためには、問題点を正しく認識することが必要。

Imgp10462

ある問題や、心配事を、解決するためには、まずは「問題点を正しく認識して、ふさわしい対処方法をとる」ことが大切です。

この「問題点を、正しく認識する」ことが、実はかなりハードルが高いのです。

多くの方は、この点がきちんと把握できていないため、なかなか、解決や改善に至りません。

正しく認識していない、ということはつまり「正しくない認識をしている」わけで・・・、つまり、本当の理由ではない、見せかけの理由こそが問題点だ、と思い込んでいることが多いのです。

自分にとって、痛みの少ない理由、自分以外の誰かが悪い(自分は悪くない)という理由、今すぐにそのことに取り組まなくてもいい(もしくは、取り組むことができない)理由など、本当の理由を覆い隠すための、見せかけの理由を作り上げ、自分もそう思いこんでしまうことを、無意識に行っています。

そうすると、痛みが伴う「本当の理由」に触れなくてすみ、プライドも保てる代わりに、(結果、見当違いの対処をしているために)いつまでも、根本的な解決に至りません。

問題点を置き換えてしまうと、比例して、解決のための方法も置き換わるので、なかなか効果が上がりません。絆創膏を貼るべきところを、頭痛薬をのんでいるようなことになります。

それでも、頭痛薬をのんだことで「これは、違う」という消去法に繋がっていくならまだよいですが、今度は「頭痛薬が効かなかった理由」を、新たに追求しだしたりして、どんどん焦点がずれいき、混乱して、ますます改善から遠ざかってしまうことも多いです。

認識の置き換えがなされてしまうのは、「自分の中の欠点を認めるのは、苦しい」からです。

誰でも、自分の中のネガティブな要素は認めたくないし、触れたくないけれど、そこを避けていては、改善がなされません。

なにしろ、今の悩みがある現状そのものが、「そこを避け続けた、結果」でもあるわけです。改善のためには、心配事や悩み事に関連する、「本当の理由」に目を向ける勇気が必要となります。

自分のことを、自分の目線でみると、一方通行なので、なかなか気づけないことも多いのです。そういう場合は、第三者の意見やアドバイスを聞いて見ることも有効になるでしょう。

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2012年2月17日 (金)

お手軽に生野菜を摂取できる、グリーンスムージー。

私の、本日の朝ご飯は、こちらの写真の、グリーンスムージーです。

Imagesumu

「グリーンスムージー」とは、生の葉野菜(たとえば小松菜など)と、果物と、水を、ミキサーでガーッと混ぜたものです。作り方は、驚くほどシンプルです。家に、ミキサーがあれば、すぐに挑戦できます。

私は、生野菜が好きなので、サラダを食べることはまったく苦になりませんが、ときどき、同じ味が続くことに飽きてしまうので、そういうときには、スムージーを飲むと気分がかわります。

このブログでは、まだあまり書いていませんが、私は、生の野菜をたくさん取ることは、健康な食生活を目指す上で、とても大切だと思っています。

最近は、生の野菜や果物を中心に、48℃以上に加熱しない(食べ物に含まれている酵素が壊れるので)食事を取るローフードが、知られるようになりました。

私も、ローフードの考え方は好きですが、食事の全部をロー(生)にするのはいいと思いません。食べるものが偏って、摂取しにくいビタミンやミネラルが出てくるように思うからです。でも、総合的に、生の野菜や果物の摂取は、現代の食生活では、心掛けていくべきだと思っています。

以下は、要約ですが、

グリーンスムージーの発案者である、ヴィクトリア・ブーテンコさんも、元は、ローフードの料理研究家として名前が知られた方だったそうです。

書籍によると、ご家族5人のうち4人が、100%ローフードという、徹底した食生活を実践してきたそうです。その理由は、当時、それぞれが、医者から打つ手がないと言われるほどの、深刻な病気を抱えなんとかしなければいけない、という状況にあったためです。

ご主人は、17歳の時点ですでに9回の手術を経験し、当時も甲状腺機能亢進症と関節リウマチを患い、娘さんは生まれつきの喘息とアレルギー、息子さんは若年性のⅠ型糖尿病、ご本人は不整脈と増加し続ける体重が130kgになり、絶えず憂鬱な気持ちでお過ごしだったそうです。

そんな中、「今までと違う結果を得るためには、今までとは違う行動に出なければいけない」と決意し、体によいと言われる、あらゆる療法を試し、ついに、加工されていない生の食材を摂取する「ローフード」にたどり着きます。

調理から加熱という行為を禁止し、オーブンの電源を引き抜き、加熱調理をいっさい止めるという決断が、ご家族の健康状態を飛躍的に改善させ、なんと、その食事法を続けて3ヶ月半、4人が揃って、10kmのマラソン大会に出場するほど元気になったのだとか。

そんな食生活を数年続けた中で、あるとき、ご家族の体の回復プロセスが停滞したり、逆行したりしているような感じを、それぞれがもちはじめ、家族の皆が、自分たちの今の食事法に疑問をいだくようになったそうです。

ヴィクトリアさんは、サラダを食べると胃が重たくなり、そのため葉野菜を食べることができず、フルーツとナッツばかり食べるようになり、体重が増え、食後に眠気と倦怠感が襲ってくるようになりました。ご主人は白髪が目立つようになります。

そこから、さらなる探求が始まり、あらゆる食品のデータを収集し、「すべての人に共通する、栄養のニーズを満たす食品群は、緑の葉野菜だ」という結論にたどり着きました。

ヴィクトリアさんのご家族は、葉野菜があまり好きではなく、十分な量を食べていませんでした。グリーンを、どのくらい食べるべきなのか?それを知るために、チンパンジーの食習慣に目を向けます。人とチンパンジーはDNA配列が近いからだそうです。

チンパンジーの食と生活習慣についてかかれている本やDVDを買い込み、調べたところ、野生のチンパンジーの食事は、ほぼ、果物とグリーンで、占められていることがわかりました。

その比率にあわせて割り出すと、毎日一人あたり、2束ほどの葉野菜を食べる必要がある、という計算になり、大量の葉野菜をそのまま食べようとしたり、細かく刻んだりして試みても、そのたびに、不可能だという結論に至ります。

グリーンに含まれる栄養素は、調べれば調べるほど人間にとっても重要だと確信したけれども、大量のグリーンをおいしく味わいながら摂取する方法は、なかなかみつかりません。

ある日、生物学の本を読んでいたら、植物の主要構造であるセルロースは、とても強固だという記載を見つけます。植物から栄養素を取り出すためには、しっかりとかみ砕く必要があります。しかし、現代人は加工食品に慣れすぎて、かむ力が弱くなっています。

そこで、ヴィクトリアさんは、ケール一束と水を、ブレンダーに入れて混ぜ合わせてみました。自分で噛む代わりに、ブレンダーにやってもらおう、と思ったわけです。

しかし、開けたふたを即座に閉めてしまうほどの強烈な臭いで、吐き気もしたそうです。 しばらく考えを巡らせ・・・、今度はフルーツを加えたところ、「魔法がおきた」と感じるような、フレッシュな味わいのグリーンスムージーが出来ました。

それから毎日、グリーンと果物の組み合わせを変えて実験をしたところ、~その時点では、目立った健康問題を抱えていたわけではないけれど~、体にエネルギーが満ちてきて、若返ったと褒められることが多くなり、それを見ていたご主人も、一緒にグリーンスムージーを飲むようになり、友人や知人も・・・と、広がっていったのだそうです。

こちらの、「ヴィクトリア・ブーテンコ公認 グリーンスムージー情報サイト」 に、レシピを含め、分かりやすく載っています。

理論を含めて知りたい方は、上記の本を読むのがいいと思いますが、すぐに始めたい、レシピなどの実用的な部分が知りたい方には、↓ こちらの本のほうが、写真の説明が多いので分かりやすいかもしれません。ヴィクトリアさんの、「グリーンフォーライフ」を翻訳した日本人の方が書いた本です。

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価格:1,400円(税込、送料別)

You tubeもありました。

私は、なるべく生の野菜を食べることを心掛けていますが、すべて生がいい、とは思っていません。が、生野菜が決して嫌いではなくても、野菜を刻むのが面倒になったり、ときに、ジャンクなものや、インスタント食品を、あえて食べたい気持ちになることがあります。特に冬の間は、加熱食が多くなります。

そういうときは、「あー、今日も生野菜が少なかった。もっと食べなきゃ( ̄A ̄;)」と、罪悪感のような強迫観念のような気持ちが出てくることがあります(笑)。が、グリーンスムージーを取り入れると、そういう罪悪感から少し解放されて、「加熱食多かったけど、・・・でも、グリーンスムージーから生の葉野菜が取れているし、まあいいか」という、心の余裕が生まれてきます(笑)。

私は、「小松菜×柿」がお気に入りです。でも、同じ葉野菜を続けるのではなく、種類は変えたほうがいいらしいので、「小松菜×柿」「水菜×柿」「チンゲンサイ×柿」のローテーションで、最近は、地元の北海道産の葉野菜は季節的に少ないので、地元産を重視して「大根菜×柿」にしています。

柿を入れると、水と葉野菜が分離しにくいので、飲みやすいです。バナナも分離しにくいらしいですが、私はあまり甘い味は好きではないほうなので、柿にしています。自分のおいしい味を、試しながら探していくのも楽しいです。

本格的にローフードに取り組む人は、バイタミックスという、高性能のパワフルなミキサーを使っているケースが多いですが、7万円くらいします。その代わり、とても滑らかな仕上がりになり、水を入れなくてもスムージーができるくらいのパワーがあるそうです。

普通のミキサーでは、そこまでのパワーがないので、水を入れないと回りません。グリーンスムージーは、果物と葉野菜と水で作るので、多少、滑らかさは劣るでしょうけれども、数千円のミキサーでも、十分に可能です。私は、ごく普通のミキサーを使っています。

簡単なので、楽しみながら、行うことができます。

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2012年2月15日 (水)

霊的な感性は、終わりなく向上し続ける。

私たち人間は、肉体を持った霊なので、誰にでも霊感と呼ばれる、霊的な感性があります。

誰にでも必ず備わっていますが、その備わり方や大小には、個人差がありますので、霊感が強い人もいれば、それほど強くない人もいます。

そして、人間の霊感は、100%全開になることはありません。私たちの本質は霊である、とはいえ、この限定された肉体を伴っている以上、発揮できる要素は限定されます。

個性の差として、備わっているものの大小、という差もありますし、その時点で、本人的に、どのくらい発揮されているか、活性化されて、使えるようになっているか、という違いもあります。

この表現では、イメージしにくいと思いますので、別の例に置き換えます。

備わっている個性としての大小を「器のサイズ」、本人的に発揮されている度合いは、「器にどのくらい水がはいっているか」、として考えると分かりやすいでしょう。

大きな器であっても、中身の水が少しの場合は、「備わっている資質は大きいけれども、使われているのはごく一部で、眠っている部分が多い」ことになりますし、 小さい器でも、中身の水がたくさん入っていれば、「備わっているものを、存分に発揮できている」ことになります。

人により、器のサイズと、そして、器の中身がどのくらい使われているか、活性化しているか、という度合いが違っていて、それぞれの霊的な感性の、個性がつくられています。

大きな器から小さな器まで、個人差がありますが、いずれにしても、その器の中身が、100%満タンになることはなく、必ず、「伸びしろ」が残されているようになっています。

小さい器を、努力により中身がたくさんになれば、その分、器自体のサイズが広がっていきます。器のサイズという分母は、必ずしも固定されておらず、努力しだいで、中身が増えていけばいくほど、器も少しずつですが、広がっていく仕組みになっています。

どの時点でも、必ず、さらなる伸びしろ、成長の余地は、その人なりに残されていて、頭打ちになることはありません。

私たちは人間は、どこまでも成長し続けることができる存在で、学びに終わりはありませんから、それは霊的な感性においても、仕組みは同じなのです。

備わっていながら使われていない、活性化する余地のある潜在的な力を、日々の心がけや生き方という学びを通して、光を注ぎ、目覚めさせ、そして、自分の波長を維持してくことにより、高めて続けていくことはできるのです。

広い意味での、霊的な感性、豊かな心のエネルギーは、さまざまな形で活用することができ、私たちの人生の学びを深めてくれますし、彩りを添えてくれます。

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2012年2月14日 (火)

不思議な夢を、不思議に感じない、夢の中の自分。

夜、眠っている間には、私たちのたましいは、あちらの世界に里帰りしていて、いろんな知恵をさずかったり、作戦会議のようなことをしている、と、江原さんの書籍には書かれています。

作戦会議・・・といっても、人が数人集まってテーブルを囲んでいるようなものではなくて;、あくまで、たましいレベルというか、私たち肉体をもった人間の場合は、意識レベルで、という解釈でいいと思います。

寝ている間に、夢を見ることがありますが、「眠ることで、活力がチャージされていく」という仕組みも、そして、「夢を見る」という仕組みも、実はとってもスピリチュアルなことです。

江原さんのおっしゃるように、あちらの世界に戻って、いろんな経験をして、知恵を授かり、その様子の一部を、「夢」として、覚えていることもあると思います。なんとなく、メッセージ性を含んだ夢のような・・・、自分への励ましのような夢を見たりするときは、そういうケースの記憶の一部なのかもしれません。

けれど、私たち人間は、肉体を伴っていますから、いくら意識だけがあちらの世界に戻っても、肉体をもった人間としてのフィルターを通して関知する以上、肉体的な影響を含んだ捉え方になってしまいます。

そのため、体が疲れているときや、重い布団をつかっていると、「体が重くて、動きにくい夢」を見たりするわけです。

気になっていることや、心配事、強い欲望があるときなどは、心がそちらにとらわれてしまうので、その内容にそった夢を見てしまうものですが、それは、私たち肉体を持った人間にとって、霊的な叡智という繊細なエネルギーよりも、自分の肉体の動きや、感情や欲望の動きという、現世的なエネルギーのほうが、馴染みやすく影響されやすいので、そちらの意識が優先してしまいます。

ですので、たとえば、好きな人のことをずっと考えていて、強い気持ちでいっぱいになっているときに、その人と付き合う夢をみたからといって、それが予知夢だとか、霊界からのメッセージということではなく、自分の強い願望の念が、夢に反映しているだけ、ということもあるのです。

中には、意味がまったく分からない、あまりに奇想天外で辻褄が合わないような夢を、見てしまうことがあると思います。

たとえば、夢の中で、お部屋の窓を開けたら、沙漠に繋がっていて、窓からラクダに乗り移って自分が会社に出勤する・・・、などという、意味不明な内容のものって、あると思います。

こういう夢の不思議なところって、夢の中の自分が、そのシチュエーションをまったく不思議に思わず、受け入れているところにもあると思います。朝、目が覚めたときには、「どうして、あんな夢を見たのだろう」という気持ちとともに、「なぜ、あのような現実的でない内容で、途中で、これは夢だ、と、気づかなかったのだろう?」と、思いますよね。

窓を開けたら、そこが沙漠、という時点で、夢だと気づいてもよさそうなものですが、そうならずに、普通に受け入れて、夢の中でストーリーが展開していきます。なぜ、そうなるのか、という点について、仮定ですが、書いてみたいと思います。

ここから先は、江原さんの本の記載ではなくて、私の解釈なので、そのつもりでお読みください。

眠る、という行為は、とてもスピリチュアルなもので、寝ている間は、たましいがあちらの世界に戻っていくので、いわゆる、幽体離脱のような状態になります。肉体を伴っていないので、意識はどこまでも広がっていきます。(実際には、肉体とまったく切り離されてはないので、いくらかの肉体的影響は受けと思われ、本当の意味での、無限、とはならないですが)

夢の中では、肉体的な制約がないので、いろんな要素が同時に起こったり、複数の要素を同時にまたは一瞬にして学んだり、叡智を授かったりすることができます。

しかし、私たちは、そのすべてを、表面的な記憶として、あまり覚えていられません(たましいには、刻まれているのでしょうけれど)。記憶に残るのは、意識がかなり、現世的なほう、肉体のほうに、戻りつつある状態になっているときです。

寝ている間の、あちらの世界での意識の経験が、たとえば、新聞紙のように、きちんと内容が整理され、見やすく分かりやすいものだったとしても、新聞紙のすべてを、私たちは、表面的な記憶として、把握することができません。

肉体という制限された場所の意識での理解ですから・・・、まるで、プリングルスの筒に、新聞紙を無理に押し込めて、理解することになってしまいます。

そうすると、元の新聞紙の状態としては、理路整然としていた内容も、押し込められた筒の中では、ありえないことがおこります。

(本来そうなるはずのない)1面と3面が隣り合ったり、テレビ欄と政治欄が重なり合ったりするわけですから、そして、それらを、くしゃくしゃにして、無理に容器の中へ、入れている状態でもあるので、筒の中を、断面的に、「夢の記憶」として「ある部分のみ」を見てしまうと、その場面は、何だかよく分からない、摩訶不思議なものになるのではないでしょうか。

ですから、「お部屋の窓を開けたら、沙漠に繋がっていて、窓からラクダに乗り移って自分が会社に出勤する」という夢は、目が覚める直前の、意識が肉体に戻ってきつつあり、プリングルスの筒に入った新聞を、断片的に記憶している状態で、ちょっと、混沌としたものであり、実際に、あちらの世界でたましいが経験しているとおりに記憶をしているわけではないのでしょう。

そのため、「夢の中では、シチュエーションに疑問を抱いていない」のに、朝起きると「疑問を抱かない、夢の中の自分が、不思議に思える;」という、認識の差が作られるように思います。全部が、このパターンではないかもしれませんが。

夢に限りませんが、どんなことも、私たち人間にとっては、肉体を伴った人間としての解釈や理解になりますので、スピリチュアル100%には、なれないのです。スピリチュアリズムを学ぶ場合でも、その前提で、受け止めることは大切だと思います。

そして、100%にはなれなくていいのだと思います。そのような、肉体を伴った、制限された経験をするために、自ら望んで、この世で学んでいるのですから。

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2012年2月11日 (土)

苦労の経験は、思いやりを学ぶことができる。

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リハビリの帰りに、郵便局へ寄りました。今は、屋内で段差のないところであれば、松葉杖で歩行が可能な状態です。

局内へ入ったところで、一番奥にいる担当の男性が、わざわざ声を掛けてくれて、「こちらにどうぞ」とのことでしたので、そちらの窓口へ向かいました。

用事が済んだところで、担当の男性が、「足、骨折ですか?」と聞いてきました。

( ̄∀ ̄)「あ、はい。転んで骨折して、救急車で運ばれてしまいました;」

というと、

「やっぱり。季節柄、そうじゃないかな~と、思ったんですよ。歩き方とかみてると、骨折したのかな、と」

「実は、僕も、去年転んで骨折したんですよ。僕、家もこの辺なので、すぐそこの、○○病院で手術したんですよね~」

( ̄∀ ̄)「え、そうなんですか?私もですよ。私も、○○病院で。私も、家もすぐそこですけど」

なんと、その方も、私と同じ病院で、骨折の手術をしたのだそうです。 これは、結構レアな確率ではないでしょうか。こういうことって、あるんですね。わざわざ声を掛けて、呼んでくださったときに、「・・・何か、あるのかな?」とは、思ったのですけれど、まさか、こうくるとは。

( ̄∀ ̄)「担当はどの先生でしたか?」

( ̄∀ ̄)「あ~、○○先生ですか~、私は□□先生で・・・」

( ̄∀ ̄)「筋肉って、ほんの少しの期間使っていないだけで、ひどく落ちてしまいますよね~」

( ̄∀ ̄)「いや~、膝は怪我していないのに、どうして膝が曲がらないんだかsweat02

と、思わぬ場所で、仲間?を見つけて、話が盛り上がりました。たまたま、ちょっとの会話で、このような共通点が見つかるというのは、不思議です。

「術後は、本当に、膝が曲がらなくて不自由ですけど、時間とともに、だんだんよくなりますから。僕もそうでした。リハビリ、頑張ってくださいね。」

と、励ましの言葉をいただきました。

きっと、彼は、松葉杖の私を見て、当時の自分の不自由さを思って、わざわざ、一声掛けてくださったのだと思います。自分が経験してみると、その大変さは、本当によく分かるものですから。

でも、彼としても、まさか、私が同じ病院で、しかも手術をしている骨折、という共通点があるとまでは、思わなかったでしょうね(笑)。

これも、何かの意味がある必然。

でも、あえて、どんな学びや意味があるか、なんて、事実以上の深読みは、要らないと思いますし、する気もありません。

「同じ病院で、骨折して手術をして長期間入院した」という経験を持つ人同士が、出会って、会話をして(共通点を知り)、お互いにびっくりした、という、そうそうない出来事を経験させてもらって、心に感じるものがあった、という、それだけで、十分に、私にとって印象深く、意義のある出来事でした。

それ以上の、深読みも、こじつけも、意味付けも、私は何も必要としません。むしろ、「これって、○○○というメッセージかしら」なんて、特定の意味付けをしてしまうと、曲解に繋がるような気もします。

と、ここまで書いて、ふと、時計を見ると、11:11でした。それも、意味があるのかもしれませんし、・・・それほどの意味はないのかもしれませんし(笑)、でも、どちらでもかまわないです。大事なのは、「そういうこと」ではない、と思うので。

松葉杖姿の私をみて、彼が、わざわざ案内の声を掛けてくださったことは、私にとって、とてもありがたく、うれしいことでした。思いやりが、身にしみました。

そして、その思いやりは、彼自身の苦労の経験から来ている、ということが、今の私の状況への、間接的な励ましでもあるのかもしれません。

今の、思いやりのある彼の言動は、過去の経験がつくっているわけですから、ということはつまり、私も今の経験から、つくられていく部分があるはず、と。

・・・という解釈も、あえて言葉にするなら、という解釈のひとつであって、絶対ではないし、全部でもないことを、私は分かった上で書いています。なので、皆さんも、そういう前提で、読んでください。私が言いたいのは、「この出来事は、私へのメッセージのため」とか、そういうことではないので・・・。

大事なのは、感性で受け止めることであり、感性で理解や納得が得られたものは、それをあえて言語化しないほうが、「そのまま」を解釈しやすい場合があります。

今回の出来事は、私の感性に十分すぎる印象を与え、いくつもの、言葉に変換しにくい、しかし大切なものを、与えてくれたと感じています。

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2012年2月 7日 (火)

自らが望んで、苦難をも学んでいる世界が「この世」です。

スピリチュアリズムとは、私たちが、霊的な向上をしていくための、指針となってくれる思想であり哲学です。

これらは、あくまで、私たちの自力に基づき、いかされるものであり、魔法のように困難を解決したり、願いをかなえたりする方法ではありません。

私たちは、あえて「この世に、学びのために生まれてきている」のであって、面白おかしく過ごすために、生まれてきているのではありません。

学び、ですから・・・、困難も忍耐も、必要ならば、経験「させられる」でしょう。

これらは、「誰が」、そうさせているのでしょうか。この私たちの困難を、与えているのは誰なのか、というと・・・、その答えは、「自分自身(のたましい)」です。

それは、「自分」というとらえ方でも、「グループソウル」や、「守護霊」というとらえ方でもいいと思います。これらは、理解のための便宜用の定義のようなものですから、どれが正しく、どれが間違っている、というわけでもありません。広い意味でいえば、守護霊も自分である、と言えます。また、自分とは、グループソウルの一部です。

それら、広い意味での、「自分自身のたましい」が、必要な経験を、「今回の人生を生きている、自分」に、与えているのが、「カルマの法則」の仕組みです。

私たちは、「あえて、この世に、学びのために生まれてきている」のであり、「あえて、そのことを忘れている」のであり、「あえて、困難や忍耐をも、学んでいる」というのに、それを、簡単に除く方法が、あるものでしょうか。

仮に、100歩譲って、簡単に楽ができる方法があるとしても・・・、それは、自分のたましいの向上に、まったく寄与しないことは明らかです。

私たちの人生は、困難を経験するためにある、というわけでは決してありません。それらの出来事を通して、学んで成長していくことが目的です。

私たちは、困難に直面したときに、物事を深く考えるものです。「そのため」に、困難があるのです、悩み苦しむと言う経験から、大切な学びに気づくために。

すべて出来事は、自分が、自分に与えている、成長のための学びの機会なのです。

そのことから学ばずに、出来事をスキップするようなお手軽な方法論を、どこの誰が、与えくれるものか・・・、スピリチュアリズムという、私たちのたましいの成り立ちを考えてみれば、魔法のようなサポートが与えられるはずがない、とわかるはずです。

この点を誤解している多くの方は、「自分に降りかかる困難は、自分自身が与えている」という、スピリチュアリズムの根幹の仕組みを、理解なさっていないのだと思います。

たとえば、自分に全く無関係の困難が降りかかり・・・、それを、守護霊や霊的な存在が、サポートしてくれて、一緒に避ける方法を考え取り組んでいく・・・かのように、思っていらっしゃるのではないでしょうか(この理論は、前提が間違っています)。

この世でおこるすべては、自分がしたことが自分に返るという「カルマの法則」、そして、自分と同じ要素の出来事が引き寄せられてくるという「波長の法則」から成り立っていますから、自分のまったく無関係な出来事が、降りかかることはありません。

先にも書いたとおり、私たちは、必ずしも困難のみを学ばされるわけではありません。ですから、自分が引き起こしたこととはいえ、「より、効果的に、気づきや学びを得るための、サポート的なヒント」は、得られることはあります。

あくまで、私たちの自力を前提として、それをサポートするための導きは、必要なときに、一番ふさわしい形で、与えられます。気付きや工夫も学びなので、より効果的な向上の方法をとるために、ヒントが示されることもあります。

しかしそれは、「あちらの方たちの観点で、必要だと判断されたとき」に、または「私たちが、そのヒントを与えられるに相応しい自分になったとき」に、必然で、示されるものであり、どれほどに私たちが望んでも、不要な手助けをされることはありません。

「あちらの側の、霊的な観点からみて必要であるとき」、と、「私たち人間の感情論での、導きを求めているときは」、同じになるとは限りません。

つまり、霊的な働きかけを得られるか否かは、私たちの「困り度」とは比例しない、ということです。

どれほどに辛くて困っていたとしても、その内容が、あまりに物質的価値観に基づいたものだったり、自分がそこから学ばなければならないことに気づかず、他人のせいにしていたりしては、サポートは得られないでしょう。それは「あちらの霊的な観点で、必要だと判断されたとき」に該当しないからです。

この世を生きている私たち人間は、誰もが未熟な部分を抱えている存在ですから、楽な方に流されたり、気持ちが緩んだり、できれば得をしたい、という気持ちになってしまうことは、少しくらいは、しょうがないとも言えます。

けれど、楽をするために生まれてきたのではないので・・・、すべてを「自分の学びになるだろうか」という観点から考えていくことが大切です。とても難しいことですが、一生をかけて、私たちは、さまざまなことを経験して学んでいくのです。

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2012年2月 6日 (月)

神経伝達物質のバランスを取って、不調和の改善を。

神経細胞間で、情報を伝達するための物質を、「神経伝達物質」といいます。このバランスや量は、私たちの精神活動に、大きな影響を与えています。

神経伝達物質は、50種類以上が確認されているそうですが、情動に大きな影響を与えるといわれているのが、「ドーパミン」「ノルアドレナリン」「セロトニン」などです。

これらは、私たちの精神を落ち着かせる作用を持つものもありますし、興奮させるものもあります。

うまくバランスが取られている状態が望ましいのですが、バランスが悪くなると、興奮しすぎたり、逆にやる気が低下しすぎたり、という不調和に繋がっていきます。うつ症状や、パニック症状、夜眠れない状態なども、これらの神経伝達物質のバランスが関係しているようです。

現代は、このような症状を訴える方は少なくなく、不安定になったり、ストレスが大きくて眠れなくなったりすることは、誰にも起こり得ること、だと思います。

現在、お薬を飲んでいる方、または過去に飲んでいたという方は、私が思っている以上に多く・・・、それは、この仕事をはじめて、驚いたことのひとつです。

薬の作用というのは、種類によって、過剰になっている物質を抑制するか、または逆に、不足しているもの働きを高めることで、バランスが取られていくという仕組みのようですが、神経伝達物質のバランスが乱れるのは、やはり、乱れる原因がどこかにあるわけで、体質的に一方に傾きやすい人もいるのかもしれませんし、また、生活上のストレスにより、そうなってしまうこともあると思います。

お薬は出来るなら飲みたくない、という人もいますが、薬を飲むことで、不安感が解消されて、立て直すことができた、という人もいます。個人の受け止め方にもよるのでしょうし、程度も関係してくると思うので、どちらがよいかは一概には言えませんし、判断はご本人と医師の間で行われるべきもの、だと思います。

これらの症状について、私にご相談をいただいた場合、バランスの乱れに繋がる、原因となりうるストレス等については、分かる範囲でその改善の方法も含めて、お話出来る場合もあります。

しかし、お薬を飲んだほうがいいのか、やめておくほうがいいのか、または、病院にいくべきか否か、というご相談には、私は、ハッキリとした答えは差し上げられません。

私は医師ではないので診断はできませんし、・・・まあ、内的、精神的な部分や、外傷などと違って、医師であっても判断がビミョウなところも含まれているかもしれませんので、患者さんの立場としても、迷いが出て来てしまう気持ちは、理解はできるのですが、イエスかノーか、○か×か、という明確な指針を、スピリチュアリズムで差し上げることは、私はできない、と思っています。

どちらにしても、(薬を飲むにしろ、飲まないにしろ、病院にいくにしろ、いかないにしろ)何がどうなって、そういう現象が起こりうるのか、そして処方される薬とは、どのように作用していくものなのか、という、知識を持っておくことは、有意義になりこそすれ、無駄になることはない、と思うので、まずは、ご自身でいろいろ調べてみると参考になることが見つかるかもしれません。

一昔前は、素人が専門知識について調べることは困難でしたが、今は、書籍でもネットでも関連する情報を手にすることはできます。素人が、それらを調べて、内容を見分けていくのは、容易ではありませんが、自分の健康に関係することですから、労力と時間を掛ける価値はあると思います。

私も、ご相談に対して、イエスかノーか、○か×かを、私が変わって判断することはできないとはいえ、やはり、知識を持った上でお話を聞かせていただこうと思い、たくさんの本を読んでいます。

精神的な不調和でお悩みの方には、その程度にもよるのでしょうけれども、自分の生活習慣の心掛けで、神経伝達物質のバランスを計ることも、不可能ではありません。

これらの不調和があるときに、笑うのがいい、とか、運動がいい、とか、呼吸が大事、とかいうのは、それらの行動により、分泌される物質があるためです。気の持ちようとか、体力の維持だけではなく、そうすることで、効果があるためだと知っていれば、工夫の余地がありますよね。

たとえば、一定のリズムをともなった運動や、呼吸などには、セロトニンを活性化する効果があるので、過剰な興奮や衝動を抑える作用があります。セロトニンが増えると、分解されてメラトニンになることから、不眠の解消にも繋がります。

セロトニンは、必須アミノ酸の「トリプトファン」から作られるので、トリプトファンが豊富に含まれている食べ物を取ることもいいと思います。

↓ 以前にも紹介した、こちらの本の、P97あたりから、神経伝達物質に関する記載がありますので、もっと詳しく知りたい方は、参考になさるとよいかと思います。

↓ 呼吸で、セロトニンを増やすには、こちらの本の、P64~が分かりやすいです。イラストとマンガによる説明は、理解を助けてくれます。

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2012年2月 5日 (日)

入院記(7)

退院の朝、目を覚ますと、テーブルの上に、メモが上がっていて、それは、入院記(4)の看護師さんからのものでした。前日は夜勤で、私が寝ている間にやってきて、メモを置いてくださったのでしょう。

私は、看護師さんに、2年前から、流れが切り替わっていて、節目となる出来事があったはず。また、そろそろ、次の節目の時期とお伝えしたのですが、「あの日、突然、スピリチュアルな話になるとは思っていませんでした。これも、必然なのでしょうね。2年前は、ちょうど、この病院の正社員になった時期です。」と、書かれていました。

そして最後に、「明日は、退院ですね。おめでとうございます。これからも、たくさんの人に励ましと勇気を与えるお仕事を、頑張ってください。」と。

私は、それを読んで、はっとしました。

あぁ、そうかぁ・・・、私、退院したら、また仕事するのか・・・?

そうだった、仕事をするのか、と、そんな気持ちになったのです。

なぜか、そのことを、忘れていました。「ああそうだ、私は仕事をしなくてはいけない」、と、看護師さんからのお礼のメモが、そう思わせてくれたのです。

私は、入院という非日常に慣れすぎて、少し、気持ちが緩んでいたんだと思います。その状態に気づかせてくれるきっかけとなったのは、私がして差し上げた、ほんの少しのこと(そんなにたいしたことを伝えたわけじゃないのです、本当に)に対する、丁寧なお礼のメモでした。

私は、以前から、オーラが何色だとか、前世が誰だったとか、そういうことが大事ではない、という思いで、この仕事をさせていただいているのですが、今回の手術と入院の経験を通して、その思いはますます強くなって、前世とか本当にどうでもいいし、霊感というものもどうでもいいし、・・・なんかもう、そういうことが全面的にうざくなってきた、というのが、そのときの、私の正直な思いだったのです。

スピリチュアルと現実というのは、決して両極ではなく、重なり合っているものであり、この世を生きることは、現実でもありスピリチュアルでもあるわけですが、そのときの私は、「物質的な現実」のほうに、意識がとても傾いていました。

そんな私を、あるべき状態に引き戻してくれたのは、「お仕事を、頑張ってください」という一文でした。

入院という非日常から抜けて、日常の、私の居場所は、そこだったと、思い出すことができました。

学びや奉仕というのは、決して一方通行ではないものです。私が、看護師さんにして差し上げたように思えても、その行動を通して、私が、とても大切なことを、ちょうどよいタイミングで、気づかせてもらえているのですから不思議です。

でも・・・、気持ちが、食事とか運動とか、そちらの大切さのほうにとっても傾いていて、以前とまったく同じ活動形態で、仕事をすることなんて出来るだろうか、もっと、私がやれることって、他にあるような気がする、この経験から学んだことをプラスして、もっと現実的な要素の強いことをやっていきたいような気もするし、そうするべきという気もするし・・・、と、頭の中は、定まっていませんでした。

が、実際に退院してきたら、一気に、日常に引き戻されます。一年に一度の、確定申告の書類も届いているし(笑)、過去にひたっている時間はありません。

去年までは、2012年には、そろそろ、サロンでのセッションを再開しようかな、と、ぼんやりとは思っていたのですが、残念ながら、その選択肢はなし、となりました;。今の状態では、まったく無理なので、お待ちいだだいている札幌市民の皆様、申し訳ございません;。

今年は、今までとは少し、違う方法からのアプローチを取り入れていこうと思っています。といっても、今は、リハビリ最優先なので、少し先になると思いますが、「ヒーリング」を、自分の中で、構築していこうと予定しています。今回の怪我の経験が、何かの形で役だっていく部分もあるかもしれないな、とも思っています。

入院記は、ここまでとなります。

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2012年2月 4日 (土)

自営業を行うために大切なこと(2)「自力と覚悟」

雇われて働くのではなく、自分で仕事をしてみたい、独立したい、という希望を持っている女性は、結構多いものだと思います。現時点では仕事をしていない、専業主婦の方も、お家でできるようなサロンやお教室を開きたいという夢をお持ちの方もいます。

以下は、そのような方達からのご相談を通して分かったことや、私自身の経験や知識による参考意見です。 これからスタートするかもしれない、という、自営業予備軍には、参考となると思います。または、スタートしたもののうまくいかず・・・、しかし何がうまくいっていないのか、わからない(女性は、そうなりがちです)、という方にも、役立つと思います。

会社で雇われるのではなく、自分で仕事を興す、ということは、自分だけが頼りとなります。

誰かが、あれをしなさい、これをしたほうがいい、と、指示を出してくれるわけではありません。何をするべきなのか、何が十分でないのか、自分で分析しないかぎり、答えは見えてきません。自己分析は、ときに、実情にそっていない思い込みになることもありますが、それを正してくれる同僚や上司もいません。

中には、一人で行うのではなく、従業員を雇う場合もあるかもしれませんが、雇われて働く立場の人が、そこまで経営面を把握して助言をしてくれることなどはまずありませんし、分かっていても言いにくい場合のほうが多いでしょう。そういう意味で、自分が、全責任をもって、自分が運営してくという覚悟が必要となります。

雇われて働く場合は、自己都合でお休みをしても、他の方が、替わって仕事を行ってくれる場合もありますし、有休をつかえることもあります。日々の仕事が暇だとしても、一定の給料はいただくことができます。

ところが、自営業というのは、そういうものが何もありません。自分が仕事をしないと、収入はゼロとなり、何の保証もありません。

たとえば、今回、怪我をして入院した私のようなことになれば、その時点で、収入が途絶えるわけです;。

それに、開業してすぐに収入が見込めるかも、わかりません。頭の中で考えているのと、実際の仕事は同じにはならないものです。

自営をしてみたいという多くの人は、「自営をするか、しないか」という入り口のところで迷っていて、「その先」の、仕事の継続というものをあまり考えていません。スタートさえしてしまえば、自然にお客さんがお店にきてくれて、商品が売れていき、お店が軌道にのっていくはず・・・と、どこかで思い込んでいるところがあります。

しかし、スタートするか、それともしないか、で迷った気持ちを振り切って、勢いでスタートだけはさせたとしても、思い描いたようには軌道にのらずに、今度は、その迷いが、「続けるか、それとも止めるか」に、入れ替わってしまうこともあるのです。

自営をすると、うるさい上司はいないかわりに、頼りになる上司もいない状態になります。頼りになるのは、自分しかいません。

よく、経営者とは孤独な職業だ、などと言われます。経営者の苦労を、雇われて働く人たちは、なかなか分かってくれませんし、弱音を吐くこともしにくいからです。その点は、自営業者も同じで、いろんな責任を負うというのは、とても重いことですし、そして孤独でもあります。

自営で仕事をすれば、話の分からない上司もいなく、口うるさい経理担当者もいなく、すべて自分が好きなように、自分のペースで仕事が出来るように思うかもしれません。しかし、自営というのは、会社員時代には上司や経理担当者がやってくれていた部分も含めて、すべてを自力で行っていくことになります。結構、厳しいことなのです。

初期の江原さんの本に、よく書かれていたことに、「親になること、上司になること、独立することは、とりわけ学びが大きいもの。なぜなら、そのどれもが簡単にはできないことだから」というものがあります。

私も、実際に自分が経験してみて、本当にすごく大変だったと実感します( ̄∀ ̄;)。が、この経験があるからこそ、見えてきた世界、というものもあります。得られるものも深いけれど、費やす労力も大きいので、相応の覚悟をもって取り組むことが必要となるでしょう。

といっても、事前にあれこれ考えすぎて、心配しすぎても、いつまでもスタートがきれなくなります。また、ここに書いたことは、事前に頭で考えても、理解できない部分が実は含まれていて・・・、やってみて(そして、思い通りにいかない経験;をして)はじめて、理解に繋がる部分もあるのです。失敗の経験からしか、学べないことって、ありますからね。

すべては学びですし、そして、自分の人生は自分がクリエイトしていくものなので、何をやるのも自己責任においての自由があります。

私は、自営をすることに対して、慎重になりなさいとか、止めておきなさいとか、そういうことを言いたいのではありません。

しかし、自分の実力を含めた「自力」を冷静に見極めないと、スタートさせたものの、軌道にのらずに行き詰まってしまうことが多いのも事実なのです。それでは、せっかくの注ぎ込んだ意欲と労力が、世の中にまわっていきませんから、もったいないとも思うのですよね。

費やした労力が、世の中の、そのサービスを必要としている人に、うまく巡っていって、お互いのやりとりを通して学びあっていく、という形になったら最高だと思います。

>(3)に続きます

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2012年2月 2日 (木)

自営業を行うために大切なこと(1)「自営業のスキル」

雇われて働くのではなく、自分で仕事をしてみたい、独立したい、という希望を持っている女性は、結構多いものだと思います。現時点では仕事をしていない、専業主婦の方も、お家でできるようなサロンやお教室を開きたいという夢をお持ちの方もいます。

以下は、そのような方達からのご相談を通して分かったことや、私自身の経験や知識による参考意見です。

これからスタートするかもしれない、という、自営業予備軍には、参考となると思います。または、スタートしたもののうまくいかず・・・、しかし何がうまくいっていないのか、わからない(女性は、そうなりがちです)、という初心者にも、役立つと思います。

まずは、「自営業のスキル」が身についているか、という点を考えてみてください。

通常、自営業者とは、ある分野に特化した専門的な仕事を請け負うので、その仕事の技術を身につけることや、磨くことは、当然、想定しているはずです。

けれど、もうひとつ大事なことがあって、それは、どんな業種であろうと、「自営業を行っていく技能」がないと、仕事はうまく回っていかないという点です。

たとえば、ここでは、こだわりの素材をつかったパン屋さんを開き、宅配をしたい、と考えるとします。

そうすると、パンを焼く技術を身につけるために、焼き方を教えてくれる教室にいって技術を身につけるとか、自宅でアレンジして、オリジナルレシピを創作したりすると思います。 ここまではいいと思います。

けれど実際にお仕事をしていくには、それ「だけ」ではうまくいきません。それにプラスして、運営の技術が必要です。

お店に問い合わせの電話やメールがきたときには、お店としての、ふさわしい形式で、対応をきちんと行っていかなければなりません。場合によっては、売掛金も発生します。掛の管理は、どのように行うのか、分からないと困りますよね。日々、売上げの管理をして、確定申告も必要となります。単純に商品が売れた、入金された、というお金の足し算だけとはいかないものです。

さらに、もっとも大事なことは、「パンのお店を開きましたので、どうぞ御利用ください」という、お客様へのアピールをしていく必要がある、という点です。

ただ、お店を開いてパンを並べれば、それでお客様が自然と集まってくれてパンが売れていく・・・とは、通常は、なりません。宅配でパンを買ってくれる人を開拓するルートを考えたり、宣伝をしたりする必要もあるかもしれません。

そういうさまざまな運営の考え方や、取り組み方、必要な事務的知識も含めて、「自営業をやっていくための技能」なければ、なかなか、うまく進んでいかないものではないでしょうか。

会社員を経験した人ならば、電話の応対や、メールの返信等は、いつも行っていることなので問題はないと思います。売掛、買掛も、部署によっては経験するでしょう。

また、実家がお店をしている人などは、親のやっていたことを思い出せば、予想がつく部分もあると思います。

しかし、それ以外の方は、提供するサービスに直結する技術だけでなく、事務的なものを含めた運営に必要な技能を、どこかで、身につけて置く必要があります。

多くの方が、これから始める新しい世界に期待いっぱい、夢いっぱいになって、そのような現実的なことを見落としがちになりますので、スタートしてから慌てるよりも、できるならば、そうなる前に考えておくとよいポイントだと思います。

>(2)に続きます

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2012年2月 1日 (水)

入院記(6)

予定よりもかなり早めの退院となって、すでに10日以上が経ちました。今は、一日おきに、福祉タクシーを利用して、リハビリに通院しています。

膝も、かなり曲がるようになってきました。が、筋力が落ちてしまったので、歩行はなかなか思うようには進みませんが・・・、今の私にとっては、リハビリは「仕事」のようなものですから、真剣に取り組んでいます。

それにしても、人間の体って、本当に不思議です。膝を怪我していないのに、なぜ膝がまがらなくなるのか・・・、これは「部分」を見るのではなく「全体」を見ていかないと、分からないことですよね、解剖学的な理由は存在するのでしょうけれど・・・、素人からするととても不思議( ̄_ ̄?)に感じます。

当初の貧血が治っていくこと、落ちた筋力も、(かなりの頑張りは必要ですが;)戻っていくこと・・・、体の機能とは、魔法のような神秘です。

そして、現代の発達した医学も、魔法のようなものだと思いました。数々の物理的実験や発見の積み重ねがあって今の技術があるとはいえ、素人の私からすれば、神秘です。

レントゲンで骨折が分かる、超音波で血栓が分かる、というのは、一つ一つ考えると、本当にすごいことです。足の手術は、動かないことによるエコノミー症候群を防がなければならないのですが、血栓のあるなしは、エコーですぐわかるんですね。

こういうのを、目の当たりにすると、たとえば、私程度の霊視力とかって、ぜんぜん精度が低く、この世に不要なもののような気がしてきますね(笑)。

一月半の入院生活は、とても長かったけれども・・・、今振り返ると、あっという間だったようにも思います。

そして、苦しかったけれども、それなりに楽しかったです。

整形の病棟では、患者が譲り合いますし、助け合います。入院が長期間になる人が多いので、そしてリハビリセンターで顔を合わせますので、仲良く・・・とまではいかなくても、親しみを込めたやりとりがあります。

よい関係になれるのは、患者同士は、「相手の身になれる」ことと「利害関係がない」ことです。多くの場合は足が動かない状態なので、お互いに、不自由な相手の気持ちがわかるので、廊下でも譲り合いますし、シャワー室などの出入りも、助け合ったりします。入院期間だけの付き合いですから、何の利害関係もありません。

逆説的に、日常の人間関係の悩みや苦しみというのは、「相手の身になることが、なかなか出来ない」ことと、「利害関係がある」ことが、影響して作られるのだな、ということを、改めて別の角度から再認識させられました。

そういう、利害からも離れた、浅い人間関係という、ある意味、非日常的な空間というのは、ちょっとだけ、現実逃避が出来るものですね。

私も、この仕事を始めてから、苦労の連続でしたし、自分のための時間もほとんどなく、いつも張り詰めた気持ちでした。

リーディングというのは、すごい緊張感の中に置かれます。それは、私が個人的な感情で、「うまく出来るかな」とか「どうなるだろう」などとドキドキするようなものではなくて、「精神が緊張状態になる」のです。

去年から、自律神経という体の機能をコントロールする神経の内容を何度も書いています。交感神経が優位になると、常にスイッチがはいりっぱなしの緊張モードになってしまいますが、その状態に、この手の活動をしていると、なりやすいのです。

霊能力というのは、本来はリラックスした状態が発揮しやすいので、受け身的に出てくるものなのですが、相談業という活動は、そのつど、意図的に、霊的なスイッチをオンにしていくことになるので、それを日々続けていると、緊張状態が習慣化しやすく、中立になりにくくなるわけです。

入院中は、自営業をスタートしてからはじめて、「仕事のことを、ほぼ考えない時間」を持つことができました。仕事の緊張感がない状態、・・・それは、思いの外、心が軽いものでした。久しぶりに、開放感を味わったように思います。

病室のメンバーにも恵まれていて、私のいる部屋は、「女子会部屋」と看護師さんに言われていました。売店でお菓子を買ってきて皆で食べたり、いろんな話で盛り上がって笑ったりしながら過ごすことができました。

きっと誰もが、日常に戻れば、それぞれ、いろんな事情や苦しみはあるのでしょうけれども、このときだけは、私も含めた皆が、非日常を味わっていて・・・、あの不思議な空気感が生まれていたのかもしれません。

もう、この先、会うことはないのかもしれないけれど・・・、不思議なご縁だったな、と思います。お向かいのA子さんとは、同じ救急当番の日に運ばれてきて、手術もほぼ同時くらいで、一月半も一緒にいたわけですから・・・、退院のときにはなんだか寂しかったです。A子さんも、隣のB子さんも、とても明るい人だったので、この人達に救われたと思っています。

退院の朝、目を覚ますと、テーブルに、メモが置いてあり、それは「入院記(4)」で書いた、看護師さんからのものでした。

>次回に続きます。次で入院記のラストです。。

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★12月5日に、雪道で転倒し骨折、救急車で運ばれ、手術をしました。現在は退院しましたが、リハビリ通院中のため、通常のリーディングの受付は休止中です。

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