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2012年1月の15件の記事

2012年1月31日 (火)

「冷え」と運動。

女性に冷え性が多いのは、男性と比較して、筋肉が少ないため、と言われています。

その仕組みを、簡単にですが、書いてみます。私は、専門家ではないので・・・、私の知っている知識での解説となります。

人間には、体温をほぼ一定に保つ機能が備わっています。外気温が上下しても、それにつれて、私たちの体温も上下したりはしませんよね。寒いときには、震えることで、熱を生み出して体温を上げようとしますし、暑いときには、発汗して体温を下げようとします。そうして、自然に調整がなされていき、私たちの体温は、36度台くらいに保たれています。

「冷え」というのは、この、体温調節機能が、うまく働かない状態です。そうなる原因はいくつもありますが、筋肉や運動と関連が深い要素をあげると、「体が熱を作り出せなくなる」ことと、「血液の流れが滞る」ことなどがあります。

熱を作り出すために、運動が有効であることは、あえて説明しなくても分かると思うので省きますが、血液の流れが滞ることと、運動の関連については、わかりにくいかもしれませんね。

血液が動いているのは、心臓のポンプ機能によることは、ご存じだと思います。けれど、これは動脈だけの話で、静脈には、そのようなポンプ機能がないので、足の筋肉の動きなどで、押し返される作用で、動いています。

血液により、栄養や酸素が運ばれていきますので、血液の流れが滞ると、体に必要なものがうまく運べない状態になり、熱を作り出しにくくもなってしまいます。

ということで、運動により、体の熱を作り出すこと、血液の流れをスムーズにすることは、冷え対策として、とても有効であること。そして、血液を戻すための筋力が弱い女性は、男性よりも冷えやすいことがわかります。

運動を、スポーツやフィジカルトレーニング、という範囲でとらえた場合、肉体に作用する効果により、3種類に分けられるといわれています。

1,ストレッチ(関節を柔らかくする)

2,有酸素運動(心肺機能を高める)

3,ウエイトトレーニング(筋力の増幅)

ここで、私自身の話を書きたいと思います。私は現在、12月に骨折して手術をしたため、一月半ほど入院し、現在はリハビリに通院中です。

ふと、思ったのですが、私は、去年の冬と比較して、今年の冬は、「冷え」を感じることが少なくなったような気がしています。

「今年の冬」といっても、ずっと入院していましたから、実質、半月ほどしか経験していませんけれど;、手足の冷えを感じることが減ったように思います。

改善の理由として考えられるのは・・・、「リハビリ」による、「運動」が増えたためではないかと思うのです。っていうか、それ以外に、思い当たる要素がありません。

入院期間中は平日は毎日、退院した現在は一日おきにリハビリを行っています。

現在の内容としては、まずは、先生がやってくれるストレッチです。これは、膝と股関節の動きを取り戻すためのものです。折れたのは膝ではないのですが・・・、不思議と、膝が曲がらなくなるんですよね;。

そして、その後は、ほぼ自主練となるのですが、杖や手すりを使った歩行練習、そして、自転車こぎと、筋トレをします。自転車こぎを、15分続けるというのは、結構な有酸素運動になると思われます。

つまり、「ストレッチ」「有酸素運動」「ウエイトトレーニング」という3種類の運動を、リハビリにより、すべて行っていることになります。

これが、冷えが改善された原因だと思うので、運動の有効性が、本当によく実感できます。

私は、生活習慣や食事は、かなり気をつけて来ましたが、今まで、運動だけは、どうしても取り組めなかったんですよね、自分に甘いので( ̄m ̄;)・・・。

けれど、今、半強制的に?運動に取り組まなければならない状況に置かれていることで、気付けたことがたくさんあるのですが、そのうちのひとつが、この冷えと運動の関係です。自分が経験することで、本当に納得できました。

適度な運動は、本当に大切ですので、冷えやすい方は、運動を心がけていくとよいかもしれません。

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2012年1月29日 (日)

守護霊は、私たちが認識しやすい方法で、働きかけてくる。

私たちと、私たちを導く役割の守護霊は、たましいの繋がりがあるので、あえて、「伝達」や「連絡」をしなくても、私たちのすべてを見通して、すべてを知っています。

私たちにとって、守護霊とは、広い意味でいえば自分自身であり、まったくの別人格として存在しているわけではない、というのは、過去に何度も書いてきたとおりです。

そのため、基本は、思考を通してテレパシーのように、私たちへ、導きが伝えられることが多いですが、それ以外にも、周囲の物理的な出来事を通して、気づかせてくれるという伝え方をすることもあります。

たとえば、困っていたときに、関連する情報が、たまたまつけたラジオから流れてきたとか、悩んでいる事柄の専門家と偶然に知り合ったとか、意味ありげな夢をみるなどして、ヒントが与えられる経験は誰にもあるのではないでしょうか。

守護霊も、もっとも効果的で、かつ、その人が認識しやすい形で、伝える、という工夫をしてきます。

本の内容を通して伝えてくることもあります。文字の伝達は、もっとも分かりやすいですから、本を読む習慣がある人には、本の一文が、その答えになる、という形でのヒントを伝えてくることは多いでしょう。

私は、本が好きなので、本を通して伝えられることはとても多いです。入院中にこんなことがありました。

手術をしてから、2週間は荷重しないリハビリですが、そこから先は、荷重をかける練習をしていきます。

その頃の私は、自力で足を動かすことができない状態でした。痛みのため、ではなく、「足を動かす」という動作の仕方がわからなくなってしまうためと、筋力の低下のためです。

ですから、ベッドに腰掛けるときも、車椅子からベッドへ戻るときも、自分の足を、手で持ち上げて姿勢を移動させている状態でした。

術前もふくめると、3週間近く、歩いていない状態が続いていますから、いくら体重をかけてもいい、といわれても、意思の通りに体は動いてはくらず、ぜんぜん歩けません。

( ̄A ̄)「・・・この状態で、歩けっていわれたってさ~、できるかよ」

( ̄A ̄)「看護師さんとか、リハビリの先生とか、実際に患者がどれだけ痛いかなんてわからないじゃん」

( ̄A ̄)「松葉杖って、難しいんだよ?「もっと、こういう姿勢で」とか簡単に言うけどさ、アタシだって、折れてなかったら言われた通りの動作は簡単にできるわ。それが出来ないから困ってるんだよ」

と、心の中は、不満でいっぱいで・・・、とにかく、「荷重」と、「どんどん歩くべし」という姿勢が納得いかなかったのです。

私は、病室に、一冊だけ本を持ってきていました。整形の入院は、リハビリやら検査やらあるので、自由な時間というのはそれほどなく、それと精神的に活字を追う元気もないので、既に何度も読んだ、バーバラブレナンの「光の手」だけを持ってきてもらいました。

そのときも、自主練をする気にもならず、なんとなく本を手にとって、適当にページを開いて読み始めたところ、そこには、骨の成長についての記載がありました。

ブレナンさんのガイドが告げるところによると、「・・・骨内の電圧効果とは、次のようなものである。歩行などで骨組織に圧力が加えられると、弱い電流が発生して骨の内部に流れる。するとその電流の方向に向かって、骨はより早く成長する」のだそうです。

つまり、歩行による荷重で圧がかかると、その方向に電流が流れて骨が成長していく・・・から、早期の歩行練習は有意義であり、・・・だから、文句言わずに、歩く練習をしろ、と(笑)、これは、本を通して伝えられた、私に対するメッセージだと思いました( ̄w ̄;)。

おかげさまで、ちょっと、リハビリに対する気持ちも変化しました;。理屈で納得すると、やる気にもなれます。

たまたま開いた、ヒーリングの本に、しかもそのページに、骨の成長について載っているって、あー、なんか、すごいなーと、そして、ちゃんと練習を頑張ろうと、そういう気持ちにもなりました。

このように(?)、守護霊は、伝えたいことがあれば、その人が認識しやすい方法で、伝えてきますから、本をたくさん読む人ならば、本の一文を通して、仕事が忙しい人ならば、仕事上での関わりや資料ややりとりを通して、家の中で家事や育児をしている人なら、子供の行動や、家族間の会話を通して、必要なことが、伝えられていくものだと思います。

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2012年1月28日 (土)

女性は、好きな相手のことを、おしゃべりするのが楽しいけれど・・・。

女性は、おしゃべりが大好きなので、女性の友人同士で、好きな人や、お付き合いしているパートナーについて、彼がああいった、彼がこういった、と、気軽に会話することがあると思います。

女性は、男性のように、「目的があって、そのために会話をする」ことが少なく、「特定の目的はなく、結論を出したいわけでもなく、相談でもないけれども、皆で話題にしておしゃべりをする」ことは多いものです。

そのため、軽い気持ちで、好きな相手のことを、仲間内で、いろいろと話題にして共有したりしてしまいますが、一般に、男性には、そのような感覚はなく、プライベートなことは、友人同士でも、女性同士のようには話題にしませんし、あの人がこう言った、こんな行動をした、と、逐一、自分が話題にされることは好まない人も多いので、気をつけたほうがいいでしょう。

女性は、おしゃべりで、女性同士の横の連帯を取っていく人間関係を好みますし、好きな人のことをあれこれ話すのが楽しいので、深く考えずに、口にしてしまうものですが、男性はそうではありません。

私の知っているケースで、仲間内で、A美さんが、B夫さんを好きでなんとか付き合いをスタートさせたい、と思っていることを、女性たちは知っていて、何かあるたびに、A美さんを含めた女性たちで、B夫さんとどんな会話をしたとか、どうやって誘うかなどと、あれこれおしゃべりしていた様子に、B夫さんは警戒心いっぱいになって、そのグループから距離をとるようになってしまった、というものがあります。

B夫さんは、A美さんをどう思っていたかはわかりませんが、見るからに秘密主義の古風なタイプでしたから、何かあるたびに、彼がああ言った、こうした、近づいた、だのと話題にされるならば、関わりになるのを避けたいという気持ちのほうが大きくなったのではないかと思います。

男性は、女性が思うよりずっとデリケートで、他人に弱みを見せたくない、という意識も強いものです。好意を持たれるのはうれしいけれど、それ以上に、引いてしまう要素を感じれば、踏み込んでこなくなってしまいます。

男性は、女性から尊敬されたいと思っているので、自分が女性に噂話に取り上げられ、ときに笑われたりもしているかもしれない(それが、悪意の笑いではないとしても)、と考えるだけで、嫌になってしまう人もいるのです。

女性は、意外と、そういう男性心理、女性とのとらえ方の違いについて、考えていない人が多いので、こういう点を配慮していけると、よいお付き合いや、好印象に繋がって行くこともあると思います。

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2012年1月26日 (木)

「深める」「極める」ことを習慣化すると、直感の受け皿が作られていく。

直感には、さまざまな形がありますが、一般的には、「ふと、アイデアが、自分の思考の外側からもたらされたかのような、ひらめき」のことを、指す場合が多いと思います。

しかし、唐突なひらめきだけが直感、という受け止め方は、とても狭い範囲の解釈であり、それ以外の形でもたらされる霊的な叡智があることも、理解しておくことは大切です。

たとえば、同じことをひたすら積み重ねていき、コツを身につけ応用力がついた先に、「経験値の上昇により、感性が底上げされていき、手が届くようになった直感の領域」というものが存在します。私の経験としては、以下のようなことがあります。

私は昔から本を読むのが好きでした。読む速度もとても速いです。読書の経験を何十年もしていくうちに、書店で、本を見ていると、背表紙がなんとなく光っているような?、何かを発しているような?雰囲気のものをたまに見つけることがあり、それは、ほぼ例外なく、私にとって学びが多い、必要な内容が書かれているものとなっています。

これは、私が、読書量により培ってきた、何かの感覚が発達しているための現象だと、自分では思っています。

これをお読みになった方の中には、「リカコさんは、霊感や霊視力で、必要なものを把握しているだけでは?」と、思われる方もいるかもしれません。

けれど、私は、そうではないと思うのです。もちろん、その光っているかのような感覚を、視覚的に捉えている点などは、いくらかの霊感的なものは関係していると思われますし、その全部を否定するわけではありません。

しかし、それならば、自分に合うものを、もっと他の分野でも、同様に、それが光って見えるなどして、把握できてもおかしくはないですが、食品とか洋服とか、そういう分野では、少なくとも「商品が光って見えることで把握した」という経験は、あまり思い浮かびません。

自分に合うものを選ぶという感覚は、食べ物などでも、それなりに発揮されていると思いますが、それはあくまで体感的なもの、ひらめき的なものであって、「商品自体が光って見える」という感覚は、本に対して働くことがとても多いのです。

これはあくまで、私の場合であり、私の勝手な推察でしかありませんが・・・、単純に霊感の強さによる把握なのであれば、本と他のものとの落差はなく、いろんなものに対して一律感じ取れてもいいはずです。

しかし、その中で、本に対する伝達のキャッチが、とりわけよくなっているのは、私の、過去の読書量や本を読むことが好きという性質が、積み重ねられた、経験値による底上げが成されているからだと思うのです。

視覚力で、本と同じような方法?で、食品を把握することができないのは、私が食の分野に関心が深くなったのはここ数年のことで、まだまだ、そこまでの経験値が、積み重ねられていないため、なのかもしれません。

きっと、どなたにとっても、自分が関心をもっていたり経験を重ねてきた事柄については、その他の事柄以上に、直感的に分かる、という感覚が働きやすい、という傾向は見られるのではないでしょうか。それは、唐突なひらめきのようでいて・・・、しかし、自分の知識や経験という底上げがあるからこそ、受け取ることができる、相互の作用によるもの、だと思います。

このような感覚は、普段から、特定のことを継続して深めていく、という経験をすることにより、磨かれていきます。それが習慣化されていくと、その事柄以外にも、同じように、深い受け皿による深い洞察を行うことが、自然となされていきます。

私の場合は、この感覚と、そして個性として備えている視覚とが、さらに結びついて、光って見える、という現象に繋がっているのだと思います。それと同じように、その人の個性による、さらなる結びつき=プラスアルファは、さまざまな形で、応用編として表れていくこともあるようです。

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2012年1月24日 (火)

「感情」と「思考」と「インスピレーション」は、「感性」という同じ装置から発揮される。

感情は、大きく極端なものになると、自分がそれに振りまわされて、消耗してしまうことがあります。しかし、極端になるとバランスが悪い、というのは、感情そのものが悪いのとは違います。

感情が豊かであることは、それだけ感性に深みが在るとも言えるわけで、発揮の仕方がふさわしいか否かは、その感情の「質」と「量」によるでしょう。適切な形で、感情を味わっていくほうが、人生を創造的に生きることができると思います。

しかし、過去に、自分の感情の大きさや不安定さにより、人間関係で失敗したとか、自分が消耗して調子を崩したなどの経験がある場合には、「感情が大きくなると、また同じようなことが起こって、苦しい立場になってしまう」という恐れの気持ちから、感情が出てくることを抑え込む意識が働きます。

誰でも、苦しいことからは、自分を守りたいですから、そういう意識が働くことは、ある意味自然なことと言えます。

しかし、感情を極端に抑え込んでしまうと、人生がとても平坦なものになり、無難ではあるけれども、メリハリやアップダウンがなにもない状態にもなりがちです。なぜなら、そうすると、抑え込まれるのは、感情だけに留まらず、必要な思考や、インスピレーションまでも、一緒に、抑え込まれて、発揮されにくくなるためです。

感情と思考とインスピレーションは、「感性」という、同じ装置を通して創造されていくものです。または、その装置を通して、受け止めるもの、でもあります。

そのため、感情と思考の分かれ目は判断しにくいですし、思考とインスピレーションを分けるのも難しく、ときに、これは自分の考えだろうか、それともインスピレーションといえるだろうかと、悩んでしまったりもするわけです。

「直感を受け止めるために、感情に振りまわされない自分になること」などと、直感が冴えるための状態を、表現することがあります。

それは、感情を抑えることで直感が発揮される・・・というのではなく、「感性の器」は、大きく広げて保ちながらも、器の中身として、感情に占有される比率を下げて、直感が入ってくる余地を確保しておきましょう、という意味であり、この方法は、実は結構難しい、上級編となります。

言葉だけ追えばもっともだと感じるとしても、よくよく考えてみると、「感性の器の広がりは保ちながら、その中身として、感情、思考、直感、その他があるうち、容積を取りがちとなる感情のみをコントロールして抑えていき、直感が入って来る余地をつくりあげる」って、難しいですよね;。

このようなコントロールが上手に出来る人も、もちろんたくさんいます。けれど、それができる感性がある人は、そもそも、「感情とは・・・直感とは・・・」という、仕組みの分析をあまり必要としないものです。すでにそれを感性で理解している人が、コントロールが出来るからです。

つまり、この説明が必要な人とは、現時点で、コントロールがうまく出来ない人、になります(通常、それが普通であり、コントロール出来ないから劣っている、というわけではないです)。

その状態の人にとって、「直感を受け止めるために、感情に振りまわされない自分になる」という取り組み方は、かなり敷居は高く・・・、感情を抑え込んでしまえばそれでいい、と解釈しがちになり、結果、先に書いたような、感情を悪いもののようにとらえて抑え込むことで、それと一緒に思考やインスピレーションも抑え込まれてしまうわけです。

自分を成長させようと取り組む際に、ここで、曲解による迷路に入り込んでしまう方は、少なくありません。

感情に振りまわされることは望ましくないとはいえ、過剰にならない適度に、適切な「質」と「量」で発揮されることは大切です。

そうすることで、「感性」という装置が活性されていき、同じ装置で創造されていく、思考やインスピレーションも、同様に活性されていくようになります。

そして、ある程度のレベルで、感性の装置が確立された状態になれば、そこからは、感性の器の中身を、感情の占める率を(必要があるならば)下げていき、理性的な思考(これは、雑念のことではありません)と、インスピレーションの比率を上げていく、という上級編の取り組み方が、出来るようになっていくでしょう。

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2012年1月20日 (金)

入院記(5)

現在は既に退院して、自宅にいるわけですが・・・、本来の予定を大きく前倒ししての退院となりました。

タクシーの運転手さんによると、ここの病院は、割と早く退院させられると聞く、とのことなのですが、予想外でびっくりでした。

同室の方は、お向かいにいる、私と、同じ日に転んで運ばれてきたA子さんを除き、靱帯の手術をする方が多かったため、だいたい、術後2週間くらいで退院なさっていきます。

「後入れ、先出し」になっていくので(笑)、私とA子さんは、何人もの方の退院を見送りながら、いいなぁ・・・、早く退院したいな・・・、と言っていましたが、「退院したい」とは、「治って退院したい」ということであり、実際に、まだ(自分では)歩行が不十分だと感じる状態での退院というのは、きまってみると、ショックでした。

靱帯の人たちは、きちんとは歩行でいないにしろ、松葉杖が外れた状態で退院していきますので、それを見ていて、私もそうして歩ける時期になったら・・・と予想していたので、退院日を打診されたときに、「え?この状態で( ̄A ̄)?」という気持ちは大きかったです。

病院側としては、術後の日数と、私の家の近さを考慮したのだと思われますが、私としては、12月の天皇誕生日、1月の成人の日、そして年末年始があったので、歩行練習をしたリハビリ期間は、実は数えるほどしかなく、その点を差し引かんのか?と、ちょっと思ったのですが・・・。

しかし、決まったものは仕方がありません。他の方達も、靱帯の人は歩けるとはいえ、やはり早めに退院になっていましたし、高齢の方は、途中で転院なさった方もいました。

骨はまだ、レントゲンをみても、まったく、くっついて居る様子は見えないのですが、体重はかけていいので、自宅の室内は何とか歩けるとして、大変なのは、外を歩くことです。

タクシーまでの、ほんの数歩であっても、雪に杖をついてあるくことはできません。雪が積もっていて、杖が雪に埋まっていくとか、足も埋まって行く状態ならば大丈夫ですが、踏み固められている状態では、とても歩くことができません。

タクシーも、長距離になって、それなりの料金を払うならば、少し手伝ってもらうこともお願いしやすいですが、幸か不幸か、私の家からは、ワンメーターの距離です。しかも、タクシーを配車して、来てもらわなくてはなりません;。

私は、結構、そういうことに気を遣うほうなので( ̄∀ ̄;)、頼みにくくて困ってしまいました。ネットで検索していたら、本州のほうだと、迎車料金といって、迎えにきてもらうと、1回200円くらいの料金を取られるけれども、北海道では、迎車は無料だそうです。

これは、普通ならばありがたいのですが、こういうときは、むしろ迎車料金が掛かった方が気兼ねがなくて、頼みやすいのになぁ・・・、しかも、ピンポーンと呼ばれてから、降りていくまでにも時間も掛かるし・・・、それで、ワンメーターかい、ああ、どうしようか・・・、と考えながら検索していたら、たまたま、「福祉タクシー」というものがあると知りました。

「介護タクシー」は、高齢者の方など、使用者に制限があり、私たちは使うことができませんが、(私は、それしか知らなかったです)、「福祉タクシー」というのは、一般の人も使うことができます。

私がお願いしているところは、普通のタクシー料金(650~)に、階段等の介助料金500円なので、1回1150円です。人柄もとてもよく、ご自身が事故にあい、入退院を繰り返した数年間の経験から、転職したという経験をお持ちのかたなので、ほんのちょっとのことができない、という、不安をよく分かってくださいます。

人との出会いも、すべて学びだな・・・と、改めて思っています。

入院記は、次の(6)でラストです。

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2012年1月17日 (火)

★退院しました&リハビリ中です。

おかげさまで、退院し、現在は、リハビリのために通院をしています。

予定では、術後8週間の入院の予定でしたが、5週と少しで退院となりました。といっても、回復が早かったわけではなく、進捗度は予定通りなのですが、ベッドの空き状況と、私は家が近くて通院しやすいこともあってか、早めに出されてしまったように思います(多分;)。

現在も、まだ松葉杖でおそるおそる?歩いている状態ですので、私としては、せめてもう1週間くらいは入院していたかったのですが、病室は常に満床で、手術を待っている方がたくさんいる状況では、仕方がありません。

今後は、一日おきに、リハビリに通院することになります。

現在の状況としては、骨はまだまったく付いておらず、しかし、金具で留めていますので、杖をつきながらゆっくりであれば、両足をついて歩くことが可能となっています。しかし、日常の生活が普通にできるようになるまでには、まだ相当の時間が掛かることと思います。

椅子に座っていても、体勢を変えにくい状態というのは、思いの外、体力を使うもので・・・、リーディングの受付&ブログの執筆も、通常に戻れるまでには、時間が掛かりそうです。

また、リーディングを行うための集中力も、現在は十分ではありませんので、少しずつ開始していきたいとは思いますが、特定のご相談を承るまでには、もう少し掛かりそうです。

負担があまり大きくない、「オーラレポート」については、まもなく受付を開始させていただきます。

また、ご依頼に関係しないメールについては、引き続き、返信を差し上げませんので、どうぞご了承くださいませ。ブログのご感想やご要望等は、メールではなく、ブログのコメント欄にてお願いいたします。今後は、コメントには、出来るだけお返事させていただきます。

入院期間中のブログにお付き合いくださり、コメントをいただいた方、または、ブログランキングへの投票を続けてくださった方、ありがとうございました。今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

>1月17日  リカコ

(以下は、12/21の記事です)以前のブログ記事でもお伝えしたとおり、12月5日に、雪道で転倒し、足の付け根を骨折しました。救急車で運ばれ、そのまま入院、12月9日に、手術を受けて、現在も入院中です。

退院して、落ち着くまで、リーディングの受付は休止させていただきます。何分、突然の入院のため、事前の準備がまったくできず、HPの記載も直すことができないままですので、お知らせは、このブログの記事のみとなります。何卒、ご了承くださいますよう、お願い申し上げます。

現在は、リハビリを主に行っています。なかなか骨がつきにくい個所の上、複雑に骨折してしまったため、手術となりましたが、このまま順調に進んだ場合でも、術後8週間の入院となります。

今は、なんとか車いすで簡単な移動はできるようになりましたが、何をするにもとても時間がかかる状態です。ブログは、これから、たまに更新できればと思っていますが、コメントへのお返事は、差し上げられないことをご理解ください(内容はすべて、ありがたく読ませていただきます)。メールへの返信も差し上げられません。できれば、メールではなく、ブログのコメントでいただけましたら幸いです。

ブログの記事も、いつもは、相当の時間と労力をかけて推敲したものをUPしていますが、入院中は、それと同じようにはいかず、記事の質はかなり下がってしまうと思います。その点は、ご了承いただければと思います。

>12月21日 病室にて リカコ

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リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

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2012年1月16日 (月)

自分目線が強くなりすぎると、余計なお世話の押しつけになることもある。

窓から、たまに、近所のお宅で飼われている猫catを見かけます。しょっちゅう私のすんでいるマンションの敷地内で昼寝をしたりしているので、なんとなく気になって、外で猫の声がすると、窓辺にいって様子を見てしまいます。

何年も見ていますが、いつも警戒心&敵意いっぱいの目でこちらを見てきて、お世辞にも可愛げが在るとは言えない猫です;。

そのお宅は、どういう飼い方をしているのかよく分からないのですが・・・、かなり自由に行動させているようで、早朝(朝の4時、とか;)に、すでに外にいるのを窓から見かけることもありますし、夜の遅い時間にも、外で猫の声がしていることもあります。

さらには、「よそのお宅の玄関フード」の中で、よく見かけます。とくに、雨の日などには、雨宿りをしていたりします。玄関フードというのは、北海道ではおなじみですが、雪国で、玄関につけるガラス張りの風除室です。

自分の家は、すぐそこなのだから、家に帰ればいいのに、よそのお宅で雨宿りをするのはなぜなのか・・・、猫って自己中で気ままだなぁ;、と、そんなふうに思っていました。

あるとき、雨が降り出して・・・、窓の外から猫の鳴き声が聞こえました。その猫は、自分の家の窓に向かって鳴いていて、飼い主を呼んでいるのではないかと思えました。しかし、しばらくして、猫は、よそのお宅のほうへと歩いていきました。きっとまた、玄関フードに入っていくのだろうな、と思いました。まあ、雨の日でなくても、入っているのですけれど(笑)。

私はいつも、その猫の勝手きままブリに、びっくりさせられるのですが( ̄∀ ̄;)、このときは、ちょっとだけ、猫が気の毒になりました。もしかして、いつもこのように、雨が降って、家に入りたいと思っているのに、家族が気づいてくれないときに、しょうがなく、よそのお宅に入っているのかもしれません。・・・でも、雨でなくても、入っていますけれど(笑)。

その様子を見て、「私だったら、飼い猫が外に出ているときには、外の天気とかに敏感になって気にしているだろうな、雨が降ったら、呼ばれなくても探しに出るかもしれない。そもそも、あまり一人で外にださないだろう、早朝とか夜に、猫を外に出すのも(多分、猫が出たがるのでしょうけれども)、私ならしないのに」と、そんなことをふと思いました。

しかし、次の瞬間には、思い直しました。そんな考えは、飼い主にとっても、そしてなにより、猫にとっても、「余計なお世話」に違いない、と。

猫は、いじめられているわけでも、邪険に扱われているのでもありません。窓から見える様子では、とても家族にかわいがられて大切にされているように感じます。たまに、大声で怒られていますが、・・・そういうときは、あの猫がとんでもないいたずらをしているときだけです。

猫が、それを不満に思っているのならばともかく、その状態を含めて、受け入れているのかもしれないですし、雨に打たれることがあっても、自由に外に出してもらえる今の状況のほうが、好ましいのかもしれません。だとしたら、それを、他人が外からどうこうと批評する必要はありませんよね。・・・それに、避難場所も見つけてあるわけですし(笑)。

このような、自分目線での思いによる、相手への気遣いの気持ちから生まれる考え(のつもり)が、実は、余計なお世話になってしまうことって、日常に、よくあるものではないでしょうか。

たとえば、すでに決まったパートナーがいる相手に対して、「あの人を、一番よく分かってあげられるのは、私なのだから、私と付き合った方が、あの人は幸せになれるのに」とか、採用試験の場面で、「私には実力があるのだから、会社は、私を雇うべきなのに、なぜ、実力のない人が選ばれるのか。それは会社のためにならない」などと、思ってしまうことも、あるかもしれません。

その推察が、まちがっているとは言いません。もしかしたら、事実、そうかもしれないわけで、答えは確かめようがないけれども、可能性は否定できないです。

けれど、それを決めるのは、自分ではない、という状況も考慮していく必要があります。最初の猫の話でいえば、今の飼い方が居心地がいいか否か、かわいそうかそうでないか、というのは、無関係の他人である私が判断することではありません。(あきらかに虐待されているとかのケースは、また話が別ですが)

それと同じように、どんなパートナーを選ぶか、という点は、相手の人の意思が関わるのであり、客観的にみて幸せではないタイプを選んでいたとしても、そういうパートナーを選んでいるのは、相手であり、そこは、他人が干渉することは難しいものです。

企業の採用試験でも、どの点を重視して採用基準を設けるかは、企業の自由であり、必ずしも実力が一番の人が選ばれるとは、限りません。仕事はそれほど目立ったものがなくても、平均的であればOK、人間関係で揉めそうもない穏やかな人を採用したい、と思う場合もあるでしょう。

他人からどう思われるかを気にしすぎるとよくないですが、何でも大切なのは、ちょうどよいバランスであり、他人目線になることも、ときには必要です。そういう視点を持たずに、自分目線だけになってしまうと、よかれと思っての厚意や気遣いのつもりが、相手にとってみれば、見当違いの「余計なお世話」「厚意の押し売り」になってしまうことも考えられます。

そうすることで、結局、自分が傷つくことにもなります。もっとこうすべきなのに、そのほうがいいのに、という前提があれば、期待してしまいますし、(そのように行動しない)相手に対して憎しみが生まれたりもします。それらはすべて、自分が関わる人間関係に陰を落とすことになります。

自分の意思も大切にしつつも、相手の立場や自由意思にも配慮する、という、バランス感覚がある人が、よい関係を作っていけるし、自分も余計なストレスを抱え込むことから解放されていくと思います。

・・・ちなみに、その猫がよくひなたぼっこをしている、よそのお宅の玄関フードですが、いつも、15cmくらいドアが開いています。もしかすると、そのお宅でも、「あの猫がくるから」、と、わざわざ開けているのかもしれません。だとしたら、私の思い込みは、本当に大きなお世話といわざるを得ません(笑)。

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2012年1月12日 (木)

健康の基本は食事にあり。

こころの状態も含めて、心身のどこかに不健康や不調和がある人は、食事の内容が健康的で調和がとれたものになっているかどうかを顧みることは大切です。

健康の基本は、食べ物から必要な栄養をとることと、必要な栄養をとりいれることを阻害する要素、たとえば、過剰な添加物、過剰な精製による白い砂糖、ジャンクフードの取りすぎなどに気をつけることをまず考えてみてください。

どんなにすばらしい運動やその他の療法を取り入れても、食事が適切でなければ、良い効果はでにくくなるでしょう。

とくに、あきらかな不調を感じている人は、まずは、ご自分の食生活を見直してみることをお勧めします。

よく眠れないとか、不安でいっぱいになる、ネガティブなことばかり考えてしまう、あせりでいっぱいになる、と、悩んでいる方たちの大部分は、食生活が整っていないはずです。(少なくとも、私がいままでご相談を受けた方たちは、そうでした) そういうこころの状態もまた、食事と関連していることが少なくないのです。

ところが、そういう方たちに、食事を見直すことを提案しても、なかなか、その気にになっていただけないこともまた多いです。

こころも含めた心身の不調の改善方法として、食事や生活習慣と絡めて考えることができにくいのは、多くの人たちが、「若いころの感覚」をそのまま、今の自分に当てはめているためです。

なぜなら、以前は、食事に何も気を使わなくても、今よりずっと健康で元気だったのに、という気持ちがあるからです。ならば、食事や生活習慣が原因で、今の不調が生まれたのではないはず(なぜなら、以前と同じ生活を続けているのだから)、きっと、それ以外の、理由がほかに存在するはず、という前提で考えてしまうので、食事や生活習慣という日常のことに、改めて配慮するのが面倒に思えてしまうのです。

そういう日常の習慣などではなくて、もっとインパクトのある、「原因」となる何かが存在するはず、と思ってしまうので、トラウマだ、カルマだ、と、難しい単語を当てはめたくなり、逆に、考えすぎの迷路に入り込んでしまうのでしょう。

しかし、基本となる大切な要素を、まずは考えていくことが大切です。

そこに思い当たる原因がなにもない、となってから、初めて、それ以外の選択肢に可能性を考えてみるという順番で十分であり、基本から目をそらして、面倒で細かいことに気を配るのを避けたい、という考え方では、不調和は改善しないと思います。

若いうちは免疫や基礎代謝も高いので、少しくらい乱れた生活をしていても、体力でなんとかなっていくのですが、その頃がいつまでも続くわけではないので・・・、大人になった今の体力を、同じに考えることはおかしいのです。しかし、同じ感覚で捉えてしまうものなのですよね・・・。

体力の低下は、ゆっくりとなされていくので、「そういう視点で考えてみる」ことを、意図的に行わないと、なかなか、意識を切り替えることができません。

こころの状態も含めて、不調和がある場合は、まずは、基本の食事内容や生活習慣から見直していくことが、改善への一番の近道になっていくと思います。。

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2012年1月11日 (水)

入院記(4)

今は、4人部屋に、私を含めた3人が入院している状態です。

私は、この病院にきてから、自分の仕事についての話を一切したことがありません。看護師さんとは、日常の世間話をすることはほとんどありませんし、リハビリの先生とは、いろんな話をしますが、私の担当者は男性なので、あまり突っ込んだ話を(こちらから話さない限りは)振ってきたりはしません。

ところが、先日、こんなことがありました。

同室の二人を、A子さんと、B子さんとします。ある看護師さんと、B子さんと、私との3人になったことがありました。その看護師さんは、B子さんの担当で、すでに入院期間は1カ月以上になりますが、今まで私とは、ほとんど接点がありませんでした。

で、なぜか、唐突に、私に、仕事は何をしているのか、と、聞いてきました。何となく、気になったのだそうです(と、後から、そのように話していました)。

私は、「自営業なので、家で仕事をしています」とだけ、答えました。説明するのが面倒なのと、仕事に関連しない場面では、スピリチュアルのスの字も、私はあえて口にしないほうです。

しかし、看護師さんは、自営業ってどんなこと?とか、具体的にどんなこと?たとえば、○○とか?と、聞いてきて、話題が終わりそうにありません。

・・・過去にも、何度も、こういうことがあったな・・・(苦笑)、こういうときは、だいたい、あちらの世界のどなたかが、その人にお伝えしたいことがあって、必然で、この場面が設定されていたりするのだよな~と、そう思いました。

それで、しょうがなく・・・というか、もうこれは、「そうなるべくして機会がつくられている」のでしょうから、簡単に仕事の内容を説明しました。

私はオーラがなんたらで・・・、ちょっと見えちゃうんですよねぇ~、みたいな話をしたところ、その看護師さんも、B子さんも、オーラにとても感心がある、と。

そしたら、看護師さんが、「もしかして、その話、今まで病院内ではしたことがない?なら、ここだけの話ね?」と言ってくださって、通常、病室のドアは開けっぱなしなのですが、看護師さんは、自らドアを閉めにいき(笑)、密室?状態になったところで、3人で、オーラトークを始めました。

看護師さんが、自分のオーラが知りたいというので、簡単に、わかることをお伝えして、性格の色とか、のど弱いですよね?(その場所のオーラが少しくすんでいます)とか、そんなことをお伝えして・・・、30分ほどもたったでしょうか、看護師さんは、そろそろ仕事に戻る、ということで、私とB子さんが残りました。

それから、今度は、B子さんとのオーラトークがスタートして、1時間以上も二人で話していたと思います。

こちらは、ちょっと込み入った個人的なお話も入っていたので、むしろ二人だけで話す形になったことが、最善だったと思います。B子さんは、翌日が退院日だったので、ラストチャンスの良いタイミングでもあったと思います。

そして、ほどなく、同室のもう一人、A子さんがお部屋に帰ってきました。

ここからが、すごいな、と思ったのですが・・・、病室にA子さんがいない状態が、2時間近くも続いていたのですが、その間、ずっと、面会室でお友達に会っていたそうです。

最初に、お友達を伴って、面会室に出かけていったことまでは知っていましたが、それから2時間も・・・って、普通に考えて長すぎますよね。なんと、その間、A子さんは、面会室で、次々に、それも予定外に訪れた、3人のお友達に会っていたのだそうです。

一人目は、お見舞いに来ると知っていたけれど、二人目、三人目は、予定外で、それも、前の人が帰っていき、エレベーターで見送りをしているときに、次の人が現れて・・・とという入れ替わりがジャストタイミングとなって、そのままずっと、面会室に居続けた、と。

これ、すごいタイミングだと思いませんか?

きっとこれは、看護師さんと、そしてB子さんとのお話のために、必要な空間が、みなさんの後ろの方たちのご協力で作られたとしか、思えません。

A子さんがお部屋にいると、看護師さんのお話はともかく、B子さんの個人的なお話はできなかったと思うので・・・。そうなるように、「なっていた」と思われるタイミングでした。

A子さんと私は、同じ日に、道で転んで骨折し、救急車で運ばれてきて同室になったのですが、まだしばらく入院は続くので;、また別の機会が、お互いにとって必要ならば、整えられていくのでしょうし、不要ならばその手の話題にはならない、という必然があることでしょう。

今回は、看護師さんと、B子さんと、そして私にとって、必要なタイミングだった、ということなのでしょう。

お二人とも、とても興味深く、不思議な体験をした気分だ、と言ってくださいましたが、私が思うに、このとき、もっとも「スピリチュアルな人」であり、「不思議な体験」をしているのは、・・・実は、面会室で長時間足止めをくらっていた?A子さんだったと思います(笑)。本人のまったく知らないところで、いろんな物語があって・・・、実は、その機会をつくるために、協力?を「させられていた」のでしょうから。

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2012年1月 9日 (月)

安心感のオーラ

このブログで取り上げている「オーラの色」についての説明は、大部分が、その人の「性格や資質」など、移り変わりの少ない部分のオーラについてです。

しかし、オーラの色には、性格や資質だけでなく、あらゆる要素が現れていきます。

たとえば、怒っているとか、楽しんでいるとかの、「感情」が現れるオーラにも、それぞれ色があります。

先日、緊張しているときには、青っぽいオーラが、一時的に出てくる、という記事を書きましたが、緊張が解けてほっとしたときには、青が除かれていき、かわりに、暖色系のふんわりとした色があらわれていきます。

オレンジ色のような、オレンジとピンクの中間のような、そんな色が、周囲に広がっていき、オーラの形も緩んで広がっていきます。

ここでいう安心感の色、というのは、今まで緊張していたものが解消されら瞬間とか、感情が動いて「ああ、よかった、安心した」という状態になったときに、一時的に表れる色のことです。

とくに大きな感情の動きが伴わなく、それなりに気持ちが安定していて過不足がない、という状態のときとはまた別で、「ほっとしたときの、一時的な安心のオーラ」「緊張から解放された安心感のオーラ」として、上記のような色合いが現れていくようです 。

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2012年1月 7日 (土)

緊張しているときのオーラ

このブログで取り上げている「オーラの色」についての説明は、大部分が、その人の「性格や資質」など、移り変わりの少ない部分のオーラについてです。

しかし、オーラというのは、とても複雑なものですから、オーラの色というのは、性格や資質だけを表すわけではありません。それ以外にも、あらゆる要素が現れていきます。

たとえば、怒っているとか、楽しんでいるとかの、「感情」が現れるオーラにも、それぞれ色があります。

こちらは、都度、移り変わっていく「状態」ですので、一定ではありません。

なぜなら、ずっと怒っているとか、ずっと悲しんでいるとか、同じ感情が固定されている人はいないからです。

「緊張しやすいタイプの人」というのは、性格の一種だと思いますが、実際に緊張しているか否か、というのは、そのときの「状態」の表れです。

緊張しているときのオーラは、色としては、青っぽい色のオーラになります。

形も不安定で、自信なさげに、サイズも小さくなって固くなっているかのように見えます。性格を表すオーラに被っていくかのように、青っぽい色合いが重なっていきます。

この場合の青い色は、「あなたの性格を表すオーラは青」という場合とは、同じではありません。なぜなら、性格のオーラが、赤だろうと黄色だろうと、緊張することはあるわけで・・・、緊張すると、緊張のオーラとして、青っぽい色が「状態のオーラ(一時的なもの)」として、現れるからです。

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2012年1月 5日 (木)

動機(原因)にふさわしい結果が出る~カルマの法則

自己中心的だったり、物質的価値観に偏りすぎた動機から、行動を起こすと、だいたい、そのことは、思うような結果が出ないことが多いものです。

「自己中心的な動機で行動すると、自分が思うような結果がでない」わけですが、これは言いかえれば、「自己中心的な動機で行動すると、自己中心的な動機のとおりに結果が出る(うまくいかない)」ことになります。

原因があって、それに見合った結果が出る、その結果に至る要因が必ず存在する、というカルマの法則に基づけば、それは、わかりきったこと、ともいえるのです。

表面だけみれば、思い通りにならずに、失敗したように思えても・・・、それは失敗でも、思い違いでもなく、方程式にのっとった出るべき答えが出たわけです。

人は、ついつい、自分に甘くなり、本当はとても自己中で物質的価値観に基づいた動機を、理想やきれいごとのオブラートにくるみ、正当化したくなります。対外的に、ではなく、自分自身にたいしても、です。

けれど、カルマの法則は、絶対の法則ですから・・・、動機にふさわしい結果が必ず導きだされる仕組みになっています。

仮に、そのときは、一時的にうまくいっているように見えても、ずっとその状態が続くとは限らず、先の時期になれば、気づかされ、学ばされる出来事が降りかかってきたりすることが多いものです。

自分を見る目は甘くなりがちで、動機を客観視することは、なかなか難しいものですが、その行動の結果がすべてを物語ります。

思い通りになるか否か、ではなく、「動機にふさわしい結果が出る」という観点から、逆算して分析することもできるのです。

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2012年1月 3日 (火)

入院記(3)

実際に自分が体験してみて、とても意外に思えたのが、リハビリ開始の速さです。私は金曜日に手術をしたので、土日が休みで、月曜日からリハビリをスタートさせましたが、普通は、翌日からすぐにリハビリを行うのだそうです。

転んで運ばれてから、手術日までベットで寝たままだったのに、手術も3時間もかかったのに、間をおかずリハビリが開始されるのです。さすがに、歩く練習はしませんけれど・・・。

実は、この病院には、私の親戚も何度かお世話になっていて、私も入院していたりして、何かと縁があるのです。

以前、親戚が、骨折したときに、ここで手術とリハビリをしたのですが、そのときの担当トレーナーが、K先生という男性だった、と聞いていました。

初回のリハビリ時、こちらに向かって歩いてくる、なかなかオーラの明るい男性が、きっとK先生で・・・、そして、私の担当になるだろう、と、そう思いました。そこはもう、確信がありました。

私が転倒したのは、家の(病院からも)近所のスーパー近くの道路なのですが、スーパーのビルの上は、この病院の社員寮になっているそうで、K先生は、そこに住んでいるのだそうです(笑)。すごい必然?です。

ちなみに、私が転んだ後の歩道は、スーパーの係員により、きっちりと砂が撒かれて、氷も割ってはずしてあるそうです;。

術後、2週間は、足を床につけないので、筋トレのようなリハビリをします。施術台に寝たまま、足を少し持ち上げたり曲げたりの練習をするのですが、何しろ、転倒から一週間以上も足をほとんど動かさずに同じ体勢で、足を牽引して寝たままですので、思うように動きませんし、曲がりません。

車いすに移動するのも一苦労、膝を直角に曲げて座ることになるので、その体勢がきついのです。

リハビリも、自分的には、まるでオリンピックレベルのトレーニングでもしているかのような気分になるのですが、実際には、ほんの少ししか曲げていませんし圧もかかっていません。

移動は、自分の手で、骨折したほうの足を持ち上げて動きます。車いすに乗るときも、ベットに腰掛けるときも、車いすからベットへ移動するときも。足本来の力で、動かすことはまったくできない状態でした。

なにしろ、それまで、少しでも「動かさないように」していたので、筋肉が弱っているというのもありますが、「動かし方を忘れてしまう」のです。どこに力を入れて、どうすれば足が持ち上がるのか、という一連の動作や意図が、わからないのです。

動かそうと意図して体が自然に動くという、運動機能を、私たちは普通に思っているけれども、それは、実はとてもすごいことなんですよね・・・。改めて、そう思いました。普通だと思っていることは、とてもすごい、奇跡のようなことなのだ、と。

手術日に、運悪く、私は生理になってしまい・・・、そして、3時間ほどの手術になったことの出血と、また、骨折してから手術まで数日の間があったことも関係しているのではないかと思いますが、ひどい貧血状態にもなってしまいました。

先生からも、輸血するまでは今のところいかないけれど、数値的には、ぎりぎりの超低空飛行で、これ以上下がったら輸血になるかも、という状態になってしまい、いくつもいろんなことが重なって、大変です;。

おかげさまで、貧血のほうは、少しずつ数値も回復しつつありますが、ほぼ元に戻るまでには1カ月くらいはかかるそうです。

新聞によると、この冬、雪道で転んで運ばれた人が、例年よりも多く、百何十人いるそうで、そのうち、三週間以上の入院を要する重症者は、5人だそうです。・・・そのうちの一人が私、ということになります。

術後、3週間目からは、足をついて、松葉づえで歩く練習をしています。まだ、骨はまったくくっついていないのに?と、不思議でしたが、運動機能を回復するために、そうするのが一般的なのだとか。

私は、粉砕骨折という折れ方ですが、普通にぽきっと折れただけならば、手術の翌日から松葉づえで歩く練習をすることもある、と、リハビリのK先生は言っていました。

最初は、体重の1/3を掛ける練習をするので、だいたい15キロを目安に、体重計を使って計りながら歩きます。が、3週間も歩いていない・・・どころか、まっすぐにしたまま動かしていない時間のほうが長いので、足に力が入らず、初日は5キロを掛けることも一苦労でした。1/3どころか、1/10です;。

なぜ、こんな簡単なことができないのだろう、と、あせりの気持ちが生まれます。いろんな経験から学びはありますが・・・、体が不自由な方や、怪我をされている方の大変さが身にしみました。

たとえば、松葉づえを使って歩いているときに、自分の至近距離に人がいるときの怖さは、経験者にしかわかりません。車いすなら問題ありませんが、松葉づえは、ぶつかられるととたんにバランスを崩します。

病棟内は同じ患者さん同士なのでお互いさまでわかっているのでいいけれど、リハビリにいくために、エレベーターに乗ると、外来の患者さんなどと一緒になりますので、そばに寄られるのは本当に怖いです。

そして、松葉づえそのものの扱いも難しいです。それは、左右の杖を、同時に前に出すこと、です。普通、歩くときは、左右の手は交互に出していきますよね。その習慣が、つい出てしまったりします。少しでも考え事をして集中力が切れると、杖を左右交互に出したくなり、転びそうになったりします。・・・こんなことろでも、自分の雑念の多さを、思い知らされます。

今、私は、当たり前だと思っていたことが、当たり前ではない、とてもありがたい奇跡のようなことなのだ、という思いを、あらゆる場面で味わっています。以前、別の手術をしたときにも、同じ思いを学んだはずなのに・・・、私は、いつのまにか、そのことを忘れていたようです。

日常を、当たり前だと思ってはいけない、すべては感謝の対象で、多くの人の愛なしには、いろんな事象は成り立っていかない、ということを、改めて再認識しています。

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2012年1月 2日 (月)

人づきあいが苦手な場合の、自己分析のしかた。

人付き合いが苦手な人の多くは、たとえば「私は、人と接するのが苦手だから」などのように、かなりあいまいな分析をするにとどまり、その先を考えてみることがないためなかなか改善に至りません。

人付き合いが苦手 → 人と接するのが苦手 これでは、単語を置き換えただけで、ほとんど何も分析がなされていません;。

人と接するにあたり、「何が」苦手なのか を、自分が把握しなければ、分析にならず・・・、分析ができなければ改善のための方法が見つかりにくく・・・、何をどう行動していけばいいのか分からないと思います。

人と接するのが苦手な人は、「相手との距離感が計れない」「自分の立ち位置が分からない」この2点が、うまく出来ないため、苦手意識が生まれてしまうケースが多いです。

つまり、相手のことが分からないか、自分のことがわからないか、もしくはその両方があてはまる人が、このような悩みを抱えます。

自分で自分がわからなければ、相手との距離感もつかめず、そうすると相手の思いを察することもできず、ふさわしい話題を選ぶことも、ふさわしい振る舞いをすることも難しくなります。

分析をするときには、「あれが嫌だ、これが苦手だ、なぜだろう」、という、単純な疑問にせずに、その事柄のどんなことが苦手なのか、どのように(うまくできないので)嫌なのか、という掘り下げをする思考の習慣をつけることが大切です。

まずは、自分が自分をわかっているか、という点を考えてみてください。そこがあいまいになっていれば、最初に取り組むべきことは、自分自身を見つめることです。

自分をわかっているけれども、人付き合いが苦手な人は、相手のことを理解する力、察する力があるか、という観点から考えてみましょう。人を観察する習慣をつけてみてはどうでしょう。

どちらもわかっているけれども、自己表現やアピールが苦手だ、という場合であれば、自分の出し方のさじ加減や、相手に自分のどんな部分を出すのがふさわしいかを計るという、フレキシブルな工夫が必要となるでしょう。

多くの人は、ここまで深くは、なかなか考えないものです。考え方がわからない、というのもあると思いますし、いっぱいいっぱいになってしまって、余裕がなく、視野が狭くなっているからでもあると思います。

人間関係というのは、「自分」と「相手」との、「間」に作られていくものです。

つまり、人間関係が苦手であれば、「自分」か「相手」か「その間(の距離感等)」のどれかを、把握することや察することが苦手だ、ということですから、ひとつひとつ、要素を分析していくと、範囲を絞り込んでいくことができると思います。 。

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