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2011年11月 9日 (水)

日常の出来事から学ぶための、意識の向け方。

子供の頃は、特定の勉強に限らず、常識や思考の仕方、物事の受け止め方など、学校や家族から、「与えてもらう」「教えてもらう」ことができるので、相対的に自分が学ぶことができます。

けれど、大人になると、教えてもらう機会は減っていきますので、子供の頃のように誰かにわかりやすく教えてもらわなくても、出来事や人との関わりの中から、自分で気づいて、自分に取り入れていくことが必要となります。

私の経験では、このようなことがありました。

私は、今の仕事を始める前の会社員時代は、上司にかわいがられていたほうだと思います。おかげさまで、たくさん学ばせていただきましたが、ほぼ、どの上司からも、目をかけていだきました。

その理由のひとつとして、私は「余計なことは口にしない」という姿勢で仕事に臨んでいたことがあげられると思います。

「おしゃべりな人は信用されない、余計なことを口にしない人は信用される」ことを、仕事をスタートさせた初期のほうで、学ぶことができた経験は、私にとって幸いでした。

あるとき、まだ新人の私と、同じく新人の男性がいるところで、上司が取引先のかたと「マル秘」な話を始めました。業務上の重な秘密といえる内容でもあり、しかし、それは、少々、おもしろおかしく解釈もできるような部分も含まれている話でした。

私は、事務なので、日中は常に仕事がありますから、耳からその話は入ってきていましたけれども、目の前の仕事を、当たり前のように行っていました。しかし、事務職ではない男性は、席にいるのが手持ち無沙汰でもあったのでしょう、落ち着かない態度で、上司のほうをチラチラみたり、話に反応したりしていました。

上司は、その場で、その話をしたくなかったと思うのですが、取引先の方が、話を始めてしまったので、仕方なく付き合っている、という感じだったと思います。

お客様が帰った後に、上司は、新人の男性に、「今の話は、他では口にしてはいけない。好奇心でとらえるようなことじゃない。」などと、半分説教っぽい話を始めました。男性は、そんなことを言われるのが不満そうな様子でした。

そして、話が終わった後、上司は、私の方に向き直り、「君は、・・・まあいいか。君は、余計なことは言わないだろうから」と、言いました。そして、その日から、私に対する上司の接し方が変化していき、重要なことを任されるようになりました。

私は、上司から、「余計なことを言わないタイプだ、と見なされ、そして、信用された」のでしょう。

私は、この出来事から大いに学びました。私も、上司とお客様の話は、新人の男性と同じように聞いてはいたのです。ただ、自分の仕事があるからそちらに取り掛かっていて、仕事をしながら聞いていた、というか耳に入っていたのです。

ただそれだけなのですが・・・、会話に意識を向けていない態度が、「わざと、聞こえていないフリをしてくれている」ように、上司には感じられたのではないかと思います。

私は、ここから学びました。とても当たり前のことなのだけれど、「余計なことを言うと軽いと思われ信用されず、余計なことを言わない人が信用される」ということを、です。

新人の男性の態度と、それに対する上司の態度が、私に、間接的に、このことを教えてくれたと思っています。

その後、上司が替わっても、仕事が変わっても、このことを忘れずに接した結果、ありがたいことに、私は、仕事上、信用されないとか軽く扱われる、という経験が、ほとんどなかったです。

子供の頃は、具体的に、「こういう場合は、○○をして・・、そして、別の場合は、××をしていくのが正しいのですよ」とか、「○○をしてはいけません。なぜなら、○○をすると、他人が不愉快になるからです」と、そのように教えてもらえることが多いです。

けれど、大人になったら、そういうふうに、具体的には教えてもらえません。当然分かっているものと見なされますし、自分から得る努力をするか、日常の出来事の中から、「気づいて、取り入れる」という学び方をする必要があります。

小学校や中学校では、私たちには学ぶ権利がありますので、教えてもらえます。高校や大学でも、私たちは学ぶことができます。なぜなら、生徒は「学ぶために、お金を払っている」からです。

けれど、会社は、それらと同じではありません。会社は、「私たちが、お金をいただく場所」です。私たちが労力を提供して、その対価としてお金をいただくところであり、だまっていても、教えられる、与えられるという場所ではありません。

このことが、きちんと認識されず、ただ何となく過ごしている人が多いように感じます。受け身で、「指示待ち」をしていては、なかなか学べないし、気づくこともできないのが、大人の世界、ではないでしょうか。

学校は、直接指示をして教えてもらえるけれども、限られた範囲の狭い世界での学びです。大人の世の中は、直接指示をしてもらえることは少ないけれども、間接的に、自分が気づくことができるならば、範囲が限定されることはなく、どこまでも深く広く学んで行くことが可能となる場所です。

範囲が限定されないかわりに、直接的な言葉で教えてもらえる機会は少なくなります。そのために、子供から大人になるまでの間に、十分な経験が積めるような「時間」があり、感性と想像力を磨き、自力の準備がなされていきます。

日常から学ぶ、ということは、自分が、出来事の中に、学びや気づきを見いだすことです。大人の世界には、「コレこそが、学びですよ」というわかりやすい形のものは少なく、一見、自分には無関係に思えることの中に、自分のためになることが、たくさん含まれています。

この世で起こる出来事は、すべて何らかの意味を持つ必然であり、無作為に展開するものはないのですから、自分がその気になって、学びを見いだしていこうという視点をもてば、いくらでもそれに値する要素が存在するはずです。

日常から学びを見いだすことができるか、一見、何の変哲もないことを学びにすることができるか、というのは、自分の感性が決めているのです。

私の、昔の経験も、そのときは、ここまでの分析をしていたわけではありません。今、より多くの経験を重ねて、当時よりも大人になった自分が、今の感性で振り返ったときに、はじめてそう思えることです。

過去に学んだ、という経験からもさらに、分析や洞察を加えていけば、新たな学びと気づきが見つけられます。終わりなく、どこまでも学べます。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

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