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2011年11月18日 (金)

「自立心」持って、他人の手を借りるのは、依存ではありません。

私たちの人生は、スピリチュアリズムの観点でいえば、「すべては、自己責任」となります。カルマの法則という、自分がまいた種が花開くという仕組みの中で、私たちは、「自分の力で、人生を切り拓いていく」経験をして、学んでいるわけです。

しかし、それは、他人の手を借りてはいけない、何でも自分だけで頑張りなさい、という意味ではありません。

世の中で、まったく他人の手を借りずに生きていくなど無理な話ですし、あらゆる人間関係なくして、たましいの成長はありません。

自分がいて、他人がいるからこそ、そこに感動が生まれ、・・・ときには、摩擦も生まれますが;、多くの「経験」ができるといえます。人間関係の中でしか得られない学びがあります。

「自分の力で」というのは、自分ひとりで生きていきなさい、という意味ではなく、自立心を大切にしていきましょう、自分に備わっているものを、活用することにより、磨いてきましょう、ということです。

私たちは、この世に生まれてから、親の(金銭的な面も含めて)世話になり、公的制度によって学校で勉強させてもらい、友人関係を築き、お店で買い物をして・・・、あらゆることで人と関わり、人の手を(お互いに)借りて、生活しています。

この世の中を生きていくには、どんなに無理をしたって、他人の手を借りずに生きることなどできないですよね。そして、自分が逆の立場になって手を貸すこともあり、お互い様で、支え合いながら生きています。

そして、すべての事柄に言えますが、どこまでが「自力」で、どこからが「他力」なのかという、明確な区分けはありません。

他人の手を借りるか否かの問題ではなくて「依存心」から他人をあてにしているのか、それとも、「自立心」をもって他人の手を借りるのかそこが大切なのです。

見た目の行動で判断できるものではありません。考えるべきポイントは、その行動に至るまでの動機ですから、「人様の手を借りる経験」からも、学んでいければそれでいいと思います。

もちろん感謝することは必要ですが、助けられることをネガティブにとらえすぎないようにしましょう。

それでも、手を借りることに罪悪感が出てしまう人は、まずは、自分が手を貸す立場になってみてください。そして、その上で、お互いに助け合う形の表れとして、貸した代わりに、自分も手を借りよう、という順番で取り組んでみてはどうでしょう。

やりとりが積み重ねられていくと、そのような構える気持ちは薄れていき、手を貸す喜び、借りることができるありがたさが、心を満たし、自然に振る舞えるようになるでしょう。

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