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2011年10月22日 (土)

行動は強要はできても、感情までは強要できない。

相手を、自分の思い通りに変えようとしても、相手には相手の考えがあり、都合がありますから、なかなかうまくはいかないものです。

ほとんどの人間関係には、相手が自分の望む行動をとってくれないというストレスが、多少なりともついてまわります。誰もが、悩み苦しむ点だと思います。

基本的には、相手を思い通りにすることはできないのですが、場合によっては、「行動」のみ、相手を従わせることはできます。

上司が部下に指示をする場合、取引先が担当者に要求をする場合など、相手に要求を伝えることで、望むとおりの行動をしてもらうことはできます。

けれど、その場合でも、要求できるのは「行動のみ」であり、相手の感情までは、思い通りにすることはできません

たとえば、上司が部下に、「仕事が終わったら、都度、報告書をまとめて、自分に報告を入れるのが普通だろう!それが当たり前の意識の持ち方だ!言われなくても、そうするのが当たり前だとわからないのか、反省しろ!」などと怒った場合、たぶん部下は、「上司の指示通り、報告書を提出する」という行動は、することでしょう。

けれど、「それが当たり前だと認識する」ことや、「それが分かっていなかった自分を反省する」ことに対しては、上司の言い分に従えるとは限りません。そのように思う人もいれば、反発する人もいるでしょうし、何も思わない人もいるでしょう。

その出来事や指示に対して、どんな感情を抱くかまでは、強制はできません。心から反省して、自分が果たすべき役割をこなそうとする人もいれば、行動だけはするものの、責任感に基づいた行動ではなく、言われたからやっただけ、という場合もあるでしょう。

それぞれ、独自の性質を持つ、別の人間である以上、受け止め方はさまざまです。一般の常識として、「このように考え、このようにふるまうべき」という形式があるとしても、そのとおり考えるか否かは、本人が選び決めることです。

「社員として、または部下として、会社に労力を提供すること」は、きちんとしなければいけない行動です。けれど、それを「どんな気持ちで、どんな動機で」行うかまでは、他の人が干渉することは出来ない領域です。

できない、というのは、要求してはいけない、という意味ではなくて、そこまで踏み込んで強制することは実質不可能、という意味です。

人間関係で、相手に不満を抱えている状況の多くは、「相手に、(自分の望むとおりの)感情を要求している」ことから、起こっているように思います。

けれど、行動については、常識や道徳の観点から、またはその人との上下関係等において、望むことを伝えて、行動してもらうことは可能であるとしても、感情までは、踏み込むことは難しいです。

このことを理解していないと、よく言われる「人づきあいは、腹六分でするのがちょうどよい」という、六分の付き合いが、出来なくなります。

理解していると、程よい距離感が保てて、衝突することも減りますし、相手に過剰な期待をしてしまうこともなくなります。

感情を要求するようなセリフを口にすることが、必要な場合もあります。そのほうが、相手の心に響くこともあるからです。その場合は、「(しかし実際には、感情までは要求できないと)分かった上で」演じることが大切です。

自分が感情でいっぱいになりながら、感情に駆られたセリフを口にして、相手の感情を要求する、というのでは、相手の心には響かないでしょう。自分も消耗してしまいます。

親しい間柄であるほど、感情を要求したくなるのですが、「やりすぎ」になると、どこかにひずみが出てきます。きちんと見極めて、良い関係を保てるよう、心がけていきましょう。

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