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2011年9月 7日 (水)

手放したいのに、持ち続けてしまう、ネガティブな感情。

相手を強く恨んだり、妬んだり・・・、相手がすべて悪いだと思いこんだり・・・、ネガティブな感情から、なかなか抜け出せないことがあります。

自分に起こることは、すべて自分がそうなる原因を作っているのであり、他人が原因となった迷惑を一方的に被ることにはならないと、スピリチュアルな仕組みを分かっていながらも、相手を恨む感情が消えずに、ネガティブな思いが頭を駆け巡る経験は、誰にでもあることのように思います。

ネガティブな感情を手放したい、と思いながらも、ネガティブな感情や思考を思い浮かべることがとめられない理由は、「実は(嫌だと言いながらも」そのネガティブな感情を、楽しんでいる自分がいる」からです。

ネガティブな思いを抱くに至る、相手の言動を頭の中で反芻しながら、都度、感情を湧き立たせることで、「少々、自虐的な、歪んだヒロイズム」の感情が、同時に持ち上がってきて、ときに、そうして涙することなどを、心のどこかで、味わい楽しんでいる自分がいるのです。

ネガティブな感情は、苦しみを作り出しますが、それと同時に、「逆境に耐える自分」という、歪んだヒロイズムが満たされれば、苦しみがあっても、なかなか、手放すことができずに、何度も思い返しては、味わい続けてしまいます。

歪んだヒロイズム、とは、マイナスから成り立っている、感情です。ゼロ以下から、つまり、誰かに攻撃されていたり、虐げられている自分がいて・・・、その上で、「耐える自分」という立場がとれるわけです。

与党と野党の、対立軸のようなもので、立場の差が鮮明であるほど、相手を加害者にすることで、その瞬間、相対する立場である、自分が被害者となり、忍耐をしている勇気ある自分、を演じることができます。

本来、相手がどうであれ、自分の意思がしっかりしていれば、ヒーローになることはできると思います。自立とは、文字通り、自から立つことができる人で、他人の存在がなくても、自分という単独で、存在意義を自己完結することができます。

他人の存在がなければ、相対する自分が主張できない場合、つまり、他人が加害者でなければ、被害者である、耐えている自分、という立ち位置が満たされないというケースは、結局、相手ありきの、依存ではないでしょうか。

このような、自分の立場の満たし方で、自分をヒーローにしようとする考え方では、どこかに歪がでてしまうもので・・・、どこかに「ネガティブさ」や「マイナス」の存在が必要になってしまうのです。

そのような仕組みがあるので、ネガティブな感情を手放さずに、いつまでも何度も味わう行為は、苦しみもあるのだけれど、同時に、とても甘美なものでもあるので・・・、なかなか、手放すことができないわけです。

誰の中にも、少しくらいは、ヒーロー願望はあると思うのです。しかし、その気持ちが満たされず、かつ、物事を自分に引き寄せて考えられず、自分の外に原因があり、他人が悪い、環境が悪い、と考えてしまう人は、自立したヒーローになることができず、このような形で、マイナスから成り立っている、少々歪んだヒロイズムで自分を満たしてしまうのだと思います。

改善のためには、少しずつでも、自立心を養い、そして自分の心の動きを見つめていくことですね。

ネガティブな感情という、重たいものからの解放感は、歪んだヒロイズムから得られる甘美さを超える、清々しさがあります。

そちらの感情を得ていくことに、喜びを感じられれば、抱え続けてきた不要な感情を手放すことができるようになるでしょう。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

いつも有難うございます。

私の場合、恨んだり、妬んだりではなく、とてもいい思い出で、「あなたに出会えてよかった..」という感情が浮上してきています。
これも一種の解放なのでしょうか。

投稿: かえで | 2011年9月 7日 (水) 10時56分

*かえでさま

ここで書いているのは、「ネガティブな感情を手放せないのは、なぜか」という観点からですので、

恨んだり妬んだりの感情がなく、相手への感謝の気持ちがあるのであれば、(つまり、ネガティブな感情はお持ちではない、のですよね)ここに書いていることとは別のケースになると思われます。

ネガティブな感情があって、それを手放していくのと、最初からネガティブな感情がない状態とは、同じではありませんよね。私がここで書いているのは前者のほうで、あなたがおっしゃっているのは後者のほう、だと思います。

投稿: リカコ | 2011年9月 7日 (水) 11時04分

とんちんかんな、問いにお答え頂いて申し訳ありません。
タイミングよく、「最近のコメント」覧に古いブログの「終わった恋愛~」のが目について、そのブログを拝見しました。
正に、この内容がピッタリのものでした。

投稿: かえで | 2011年9月 7日 (水) 15時43分

これ、本当にその通りだと思います。
自分が「悲劇のヒロイン」でいることを望んで
自分のことを「自分はダメな存在」だと
自虐していることに気づくまでは、
結構辛いものがありました。

最近は自虐的になっても
「あ、また自虐好きが出たw」と
客観的に見ている自分もいたりして、
以前よりは明るく捉えられるようになりましたが、
その先に進むにはまだまだ時間がかかりそうですcoldsweats01

投稿: バンビ | 2011年9月 7日 (水) 22時27分

*バンビさま

気付くまでは、その感情に自分自身がとらわれてしまいますので、とても苦しいものだと思います。

>最近は自虐的になっても
>「あ、また自虐好きが出たw」と

その取り組み方は、大変に有効です。まずは、気付いたら、その都度、考えるのをやめる、という繰り返しをしていくと、いつのまにか、感情が薄らいでいきます。

何度も同じことをしてしまうのは、結局、思い返すことで、その要素に、自分がエネルギーを注ぎ続けているからです。いつまでも比率が高いままになります。

都度、思考をリセットすることで、多少なりとも、エネルギーを注ぐ総量が下がります。その繰り返しで、自分の中の比率を下げていくことができます。

投稿: リカコ | 2011年9月 7日 (水) 23時59分

>自立とは、文字通り、自から立つことができる人で、他人の存在がなくても、自分という単独で、存在意義を自己完結することができます。


スカイプリーディングでリカコさんに上記の「自立」を軸に自分の周りの人間関係を見直す、という指針を学ばせていただきました。

何ていうのでしょう、感覚的に自分がそれぞれの相手に依存していた部分が浮かび上がって明確化したんですね。

「いい人に思われたい、というのも依存」という意味も実感したのです。

私の人生を変えた一言でもあったので(実際、現実も変わった)、こうしてブログで惜しげもなく毎日お伝えくださっているのって感謝しかないんですよね。

これからも「定期的な自分のチェック」としてリーディングなどでお世話になりますshine
近いうちに!!

どうぞよろしくお願いいたしますhappy02

投稿: パンダ | 2011年9月13日 (火) 12時07分

*パンダさま

>何ていうのでしょう、感覚的に自分がそれぞれの相手に
>依存していた部分が浮かび上がって明確化したんですね。

人間関係というのは、自分が、相手に

← ↑ ↗  と、自分を中心に、いろんな方向へとはなっている矢印のようなもの、だと思うのです。相手という的があるからこそ、矢が放てるわけで、的があってこそ、やりとりができて、そこから経験が積めるのですが、

「矢を持った自分」をそのまま認めていけることが、自立した、真のヒーローの姿だと思うのです。

的がないと矢を放てない、矢を放つ理由が必要だ、そうしなければ自分の存在意義が認められない、と思っていると、「的」と「もっともらしい理由」を、探してしまい、作り上げてしまうのかな、と思っています。

突然、矢印の話を書きたくなって、・・・書き始めたら、当初自分が思っていたのとは、別の方法に話しがまとまっていきました(笑)。

投稿: リカコ | 2011年9月13日 (火) 14時11分

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