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2011年9月 3日 (土)

「白か黒か」、「100かゼロか」、という思考の習慣は、ときに視野を狭くする。

物事に対して、○か×か、白か黒か、100かゼロか、のような、極端な考え方をしてしまったり、定義をつけないと気が済まないタイプの方は、少なくありません。

そのような受け止め方が習慣になってしまうと、両極端の選択肢の間に、無数に存在する価値観を、拾い上げることができにくくなります。受け止め方に、柔軟さがなくなってしまいますので、何でも(そうする必要もないのに)ジャッジしたり、決めつけたりして、視野が狭くなることもあります。

感性が優れている人というのは、この「中間を拾い上げることができる、柔軟さを持っている人」と、言い換えることもできます。

感性が優れていて鋭い人、というと、とても狭い範囲に限定した、ズバリの「答え」を得られる人、のようにイメージしてしまうかもしれませんが、そういう意味での鋭さは、ときに、「刃物」となり、鋭いけれども融通のきかない人、になってしまうこともあるでしょう。

鋭さは、柔軟さを併せ持っていてこそ、有意義に活用されていきます。単独では、逆に、世界を狭くしてしまうこともありますので注意が必要です。

感性の豊かさを磨いていくこととは、「○か×か」「白か黒か」という、結果に定義をつける考え方から、さらに一歩進んでいき、その裏側にある、プロセスや動機を含めて、(もちろん、定義も含めて)包括してとらえていけるようになること、ではないでしょうか。

そのような意味での感性が磨かれていくと、「物事に対して、そう簡単に、○や×や、白や黒、といった、定義をつけられるものではないし、そうすべきでもない」、という受け止め方に、自然に移行していくものだと思います。

○か×か、白か黒か、100かゼロか、という極端な考え方になっている自分を、頭では分かっていながらも、改めることが難しい場合があります。

それは、「白か黒かを、はっきりさせたい考え方を持っている、自分自身」を、本人が実は気に入っている、というケースです。何でも、はっきりしているのが好きで、あいまいなものを好まず、白黒つけられないのは優柔不断、白黒つけることで物事が前に進むのだと考えるタイプの人は、改める気持ちには、なかなかなれないことでしょう。

実際、その考え方が、間違っているわけでも、悪いわけでもありません。世の中には、はっきりさせることが望ましいケースもあります。

しかし、はっきりさせる必要がない、むしろ、はっきりと定義をつけることで、状況を混沌とさせてしまったり、トラブルを生んだりするケースもあります。一方的に、他人を批判したり、決めつけたりを(そうする必要もないのに)行ってしまえば、トラブルの種をまくことにもなってしまいますよね。

○と×の間、白と黒との間、100とゼロとの間に、目盛を刻んで、さまざまな価値観や考え方が存在しているという、柔軟な理解をしていくことは、「その場にふさわしいかあり方を、その都度、よりピンポイントで的確にとらえていくことなのだ」というふうに、置き換えていくと、受け入れやすいと思います。

そういう意味での柔軟さと、優柔不断からくるあいまいさとは、同じではないのだ、と。

そうすると、どうしても、はっきりさせたくなってしまう人の、「分かっているけれども、つい、ジャッジや決めつけをして、世界を狭くしてしまう」習慣から、自分という枠を広げていくこ都ができると思います。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

いつも有難うございます。

私も若い時は、白黒つけたいタイプだったとおもいます。 若い時は正義感に燃えるところがありますからね。

でも今は、「何でもあり」と柔軟?過ぎて、いったい何が正しいのか・いいのか・と迷って漂っている感じです。
選択しは無数にあるな、と。
この何も決めつけない感覚もいいものですけどね。

投稿: かえで | 2011年9月 3日 (土) 12時34分

*かえでさま

物事に、完全な正しさ、間違いというものはなく、動機や状況しだいで、いくらでも評価は変わってしまうものだと思います。

なので、柔軟に受け止めることが大切なのですが、しかし、そういう意味での柔軟さと、判断ができずに全許容になってしまうことは、イコールではありませんので、「選ぶことのできる選択肢」は、無数にあるかもしれませんが、「状況にふさわしい適切な選択肢」という考え方をすれば、絞り込みはできるものではないでしょうか。

投稿: リカコ | 2011年9月 3日 (土) 21時26分

なるほど、と思いながら読ませて頂きました。
白黒はっきりつけるの、私は好きなんですけど・・・。

グレーゾーンのものを認めていくこと
そういう視点もあるのはわかってますが
私にはまだまだ難しいかも知れませんー。
そういうの認められたら、もっと大人になれるのでしょうね。
私に今不足しているものはこれだ という感覚におちいりました。

投稿: ジュピター | 2011年9月 4日 (日) 07時32分

*ジュピターさま

白黒つけることが、悪いというわけではないし、全面的にふさわしくない、というわけでもありませんので、

「白黒をはっきりつける」事柄と、「あいまいでも問題はない」事柄を、分けて考えればいいのではないでしょうか。自分のこだわりがる事柄について、(白黒つけず)グレーゾーンに無理にしてく必要はないと思いますので、柔軟に受けて止めてみてはどうでしょうsun

投稿: リカコ | 2011年9月 4日 (日) 09時17分

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