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2011年7月14日 (木)

スピリチュアリズムの基礎知識は、より深い理解と解釈への助けとなる。

このブログでは、「日常生活で実践できる、スピリチュアルな考え方」も書いていますし、「日常にはあまり関係がない、知識としてのスピリチュアリズム」も書いています。

例えば、「否定的な思考を生み出し続けると、自分の波長が下がる」ことは、日常に活かしていける事柄だと思います。

しかし、「その人が抱えている、否定的感情が、オーラの様子として、どのように表れるか」というのは、知識を得ても、「なるほど、そうなのか」とは思うとしても、現実的に、活用はしにくい要素です。

ご覧いただいている皆様にとって、後者のほうは、あまり重要ではない、前者のほうをたくさん知りたい、というお気持ちのほうが、もしかしたら多いのかもしれません( ̄∀ ̄;)。

けれど、知識をつけることにより、全般的なスピリチュアリズムへの理解が底上げされ、そうなると、日常への応用も、自分の感性で、さまざまな解釈やひらめきがえられるようになりますので、どちらも同じように大切なのです。

ひらめきや、直感と呼ばれるものは、一方的に、与えられるものであり、知識が要らないもののように思えるかもしれませんが、しかし、直感を「受け取る」のは自分であり、「解釈する」のも、自分です。

受け取るための器をひろげるには、知識での学びも有効です。知っていることが増えると、知覚できる範囲も、比例して増えていくものです。そして、そのことをどう当てはめて解釈するか、というのは、知識がないと難しいものです。

おおよその知識があると、「だいたい、こんな感じだろう」という予測ができますが、何もない状態では、曲解や拡大解釈につながることもあるでしょう。

例えば、地面に立って、十段ある階段を見上げると、まるで空まで続くような無限の階段に思えてしまうこともあります。

しかし、自分で一段、二段くらいまで登ってみると、最後の十段の様子が分からなくても、「とにかく、空までは続いていないらしい」ことが、認識できるようになります。

さらに、五段、六段くらいまで登っていければ、その上の段階が、今までの経験を踏まえて、「だいたい、こんな感じだろうな」と、想像力で予想がついていきます。

そうすると、十段のすべてを知らなくても、「あり得ること」と、「あり得そうもないこと」の区別もつきますし、結局大切なのは自力である、という結論にたどり着くこともできるようになります。

階段をまったく上っていない状態で、つまり、基礎が何もないまま、想像力で予想しようとしても、難しいものですよね。

そのため、ここでは、基礎の一段目、二段目を昇っていくための参考資料となるように、あまり日常生活に関係が深くないことも含めて、書いています。

階段を上ること、というのは、経験を通して身につけていくことなのですが知識をつけることが底上げの役割を果たし、進度をスムーズにしてくれる作用があるのです。

英語をまったく知ずに、英会話を聞いても、何が何だか分かりませんが、少しでも単語を知っていれば、会話のすべてを聞き取れなくても、自分の聞き取れた単語から、それ以外の要素を穴埋めのように想像して理解することができたりします。

それと同じで、スピリチュアリズムについても、基礎知識を持っていると、日常生活での経験を照らし合わせた予測的解釈が可能となり、応用力も高まっていくものなのです。

知識と、それに伴う経験とを掛け合わせることで、活用できる「知恵」となっていきます。

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09.スピリチュアル全般」カテゴリの記事

コメント

例えがとても分かりやすくて、一度で心に響きました!
いつも有難うございます!

投稿: まみこ | 2011年7月15日 (金) 06時32分

*まみこさま

理解のお役に立ちましたら幸いですsun

投稿: リカコ | 2011年7月15日 (金) 08時28分

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