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2011年6月 6日 (月)

極端な二択の中で、自分の可能性を「自分が」狭めている。

白黒をつける、とか、一か八か、などという言い回しを考えてみると、とても面白いと感じます。なぜ、「白黒赤をつける」でもなく、「一か五か八か」ではないのか(笑)、という点です。

人は昔から、複数の選択肢や区分けを考える場合、とてもわかりやすい両極端なものを想定して、考えてしまう傾向があるのだろうなぁ、と、そんなことを思うのです。

二つの、両極端な選択肢、というのは、それぞれの違いが鮮明で、差を認識しやすいですよね。似ているものは、差が分かりにくいですから。

これらは、選択や判断の場面における行動や考え方を「わかりやすく」表す言葉として、イメージがしやすいように、あえて、違いが明確となる「白・黒」という対比にしているのでしょう。

ですから、日常のすべてを、この言葉のように、極端すぎる二択で考えようとしても、実情に合わないことが多いものだと思います。

ところが、実際に、極端すぎる二択で迷っていて・・・、というより、そういう迷い方をしているから、出口が見いだせなくなり、自分の可能性を発揮したいと思いながら、むしろ、可能性を狭めるような考え方をしているケースが、少なくないと感じます。

たとえば、「自分はこの先、結婚して専業主婦となるのか、それとも起業して大勢の人を使うような仕事に人生を賭けるか、どちらにするか迷っている。後者ならば、恋愛や結婚を諦めなければならない」などのように、二択を選定して、迷いから抜け出せなくなっているのです。

先にも書いたとおり、人は、選択の際に、まずは、両極端なものを想定して、○か×か、というふうに、考える傾向を持っているのだと思います。

けれど、それはあくまで、「まず、最初に思い浮かべる」選択肢であり、実用的な選択肢は、そこから、さらに目盛を細かく刻んでいくものではないでしょうか。さまざまな、「白と黒の間にある、無数の中間の選択肢」を、柔軟に検討していくことで、自分に合っているものを見つけることができるのだと思います。

上記の例でいえば、「結婚して専業主婦か、起業して大勢の部下を使うか」のような二択しか考えないのは、現実的ではない、と思うのです。

結婚したからといって、専業主婦になる人ばかりではないし、結婚してから起業する人もいるかもしれないし、起業してから結婚したいと思えばそういう選択もできるでしょうし、働き方の形態にしても、起業して人を使うことに、こだわりすぎなくてもよい、という考え方もあるでしょう。

将来の方向性として、目指したいことが、その2つであるのはよいとして、そのことを実現するまでの「プロセス」として、必ずしも、そのどちらかの、枠組みに、ぴったりハマったレールを進まなければいけない、というものではないはず。まずは、取り組みやすいところからスタートしていき、だんだんと、発展していく形のほうが現実的ですし、取り組むための具体策も、見つけやすいものです。

柔軟な考え方、目標の選定の仕方をしていくほうが、「今やるべきこと、今できること」が明確になっていきますし、また、自分自身が楽になることもできます。

極端すぎる二択で迷っていると、どちらも選べないまま、そんな自分の状態に、不満を感じて落ち込んでしまい、やる気もなくなっていく、というループにはまり込んでしまいます。

白と黒の間にも、一と八の間にも、たくさんの選択肢を、考え方次第で、自分が「作る」ことができるはずです。自分の可能性の発揮の仕方は、いくつもあるはず、という前提で、視点広げてみてはどうでしょうか。

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