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2011年3月24日 (木)

話し手も聞き手も、それぞれ「自分の思考の習慣というバイアス」が掛かる。

自分の伝えたいことが、思うように相手に届かなかったり、曲解されて、相手に対して不愉快な思いを抱いたり、自分のストレスに繋がることがあると思います。

そんなときに、まず念頭に置いていただきたいのが、「人は、自分が認識したいように認識する」ものであり、「発言者の思うとおりには、受け取ってくれないもの」である、ということです。

ですから、発言者側も、あらかじめ、相手の受け取り方として、多少の誤解ありき、曲解ありきが、「当然」だというふうに、割り引いて考えておくことが必要なのです。

どれほどに力を尽くしても、話し手の思った通りそのままに、相手に伝わることなど、まずありません。解釈は、相手の内的な領域でなされる以上、外から他人が働きかけられる部分には限度があります。

人は、自分にとって都合の悪いことは聞きたくないので、「他人ごとのように」しか解釈しないし、自分に都合のよいことには、拡大解釈を当てはめる傾向があります。矛盾があっても気づきませんし、気づこうともしません。

そのような「自分の思考の習慣というバイアス」をかけた会話やコミュニケーションの中で、意思の伝達をしているのだから、思った通りに伝わらない可能性を、あらかじめ認識しておくほうがいいのです。そうすると、不愉快になったり、イライラしたりすることも、少しは減るでしょう。

その点を考慮してもなお、受け止め方の差という範疇を超えた、あまりに大きな解釈の開きがある場合には、「自分の伝え方が、悪い」という可能性も、考えてみた方がいいと思います。

「人は、自分が認識したいように認識する」のは、発言者にも当てはまるわけで、「自分の伝え方が悪いなんて、認めたくない」かもしれませんが・・・、あまりに度々、そういうことが起こるなら、受け止める解釈のずれというよりは、「自分の伝え方が適当ではない」可能性もあります。

あらゆる言葉を駆使して、分かりやすい例え話を用いたり、表現を工夫したり、相手に合わせた伝え方を使い分けることが大切です。

また、「伝える相手の選定が、適当でない」という場合もあります。相手が知りたくないことを、伝えようとしても、望む反応がないのも当たり前です。対象の選択ミスという自分の間違いを、相手の理解力のせいにしてしまうことも、気をつけなければなりません。

発言者である自分と、受け止める相手との認識の感性は、同じではないのは当然であり、立場を変えれば、自分も同じように、誰かの発言を曲解しているかもしれないわけで・・・、「お互い様」の部分に、一方的にイライラを募らせることなく、冷静に、自分のコミュニケーション力を、より高いレベルに磨いていくことが大切だと思います。

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