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2011年3月10日 (木)

依存性・中毒性のある行為の原因は、不足感や欠乏感。

過食、買い物依存、極端な量の飲酒や喫煙など、中毒性、依存性を伴った行為が、やめられなくなってしまうことがあります。

美味しいものをたくさん食べたい気持ちや、購買欲が高まることは、誰にもしばしば起こり得る現象ですし、飲酒や喫煙も、適度にたしなむ程度なら、それほど問題ではないようにも思います。

問題となるのは、「それなくして、いられない」くらいに、習慣化してしまうとか、その行為に依存的になってしまうというような、「度合い」です。過度になってしまえば、さまざまな方面に影響が出てきます。

これらの行為が、極端になった最初のうちは、「何かの代替行為」として、または「逃避の手段」となっていることが多いです。

本来得たいものが得られないので、その代わりに、別の、「刺激が強い何かを、得ようとする」、とか、得たいものが得られないことを忘れるために、別の、「刺激が強い何かに、没頭して気を紛らわせたい」、というように。

足りないものを手に入れるのではなく、より刺激の強い行為を行うことで、不足感を覆い隠そうとしてしまいます。そのため(覆い隠されるため)、不足感を抱いている、不満を持っているという自覚がないまま、刺激の強いものに馴染んでしまっている人も多いのです。

最初のうちは、それらの行為は「手段」です。得たいものの代わりとして、気持ちを紛らわせるため、など、何かの目的のための、手段として、その行為を行います。

短期間であれば、それもいいでしょう。ときに買い物に夢中になることも、たまには飲酒が過ぎてしまうことも、リフレッシュに繋がり、力がわいてくるなら、適度であれば、自己責任の範囲、個人の嗜好の範囲です。

けれど、その状態が長期にわたると、「手段」が、「目的」にすり替わってきます。気持ちを紛らわせるための手段だった行為が、そのこと自体が目的になります。

不足感を別の刺激で満たそうとする(解決方法として、正しいものではありませんが)手段であるうちは、その大元の原因である部分を改善していけば、ゆっくりでも、依存や常習から遠ざかることも可能ですが、その行為が手段を超えて「目的」になってしまうと、もう止まりません。買いたいから買う、飲みたいから飲む、と、依存性、中毒性のある行為が、人の意識を離れて「独り歩き」するような状態になります。そこまでいくと、自力での解決は、困難になります。

できれば、そうなる前に、つまり、手段が目的に入れ替わるほど長期化する前に、周囲、または自分自身が気づいて、その行為から離れることが大切です。

そして、何が満たされていないのか、本当は何を得たいのか、自分のたましいが欲しているものを、改めて考えてみるとよいでしょう。

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