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2011年3月23日 (水)

結果のみを重視する「現世的」な考え方から、卒業することが大切。

この世で起こるすべては、意味のある必然です。出来事が起こるか否か、という結果だけにとらわれず、原因があって、結果がでる、まいた種が実る、という「プロセスを含めて、包括的な視点でとらえていくこと」が、スピリチュアルな考え方だと言えるでしょう。

なぜなら、「プロセスを経験する」ことも、「包括的にとらえていくことでえられる気付き」も、どちらも、たましいの成長に繋がることだからです。

プロセスをすっ飛ばして、結果のみを手に入れられたら、簡単ですが、それは、たましいの成長という観点からは、得られるものが少ないです。

しかし結果を出すのが無意味だ、ということではありません。結果に価値を置きすぎることや、プロセスはどうでもいい、というインスタントな考え方が、スピリチュアルとは言えない、ということです。

世の中の多くの人は、「目に見えないことを話題にするのが、スピリチュアリズムだ」と、誤解しているように感じられることがあります。

目に見えないことであっても、考え方が物質的価値観、現世的で結果重視、今さえよければいい、という動機や解釈が絡んでいれば、それはスピリチュアル(な考え方)とは言えません。

たとえば、「将来的に考えて、私はどちらの選択肢を選べば、たましいにふさわしい生き方ができるのでしょうか?」というような質問は、一見、とてもスピリチュアルに思えるかもしれません。「たましい」という言葉が入っているからです。

けれど、そのことについて、考えたり、悩んだり、ときに選択を失敗して悔み、やり直したりする経験にも、得られるものがあります。というより、「その経験からしか得られないもの」があります。「どちら」という答えに至るまでのプロセスも大切です。

自分に合っている、ふわさしい、というのは、備えている「傾向」として、参考にすることはできるかもしれませんが、決めるのは自分自身であり、どちらがいいか、悪いか、というような「ただ一つの正解」は存在しません。

この世という、限られた時間の中で生きている私たち人間の考え方が、(スピリチュアルというよりも)現世的に傾きやすいのは、仕方がないかもしれません。が、また、だからこそ、そんな世界に生きて、実践がとても難しいスピリチュアルな感性を大切にした生き方をする、という学びを経験しているのでしょう。

この世で生きている限り、結果を基準にすることは、ある程度仕方がないことです。この世はそういう世界であり、何かの「目的」を定めるほうが行動しやすいのは明らかで、その目的とするところには、結果がついてまわります。

大切なのは、結果を含めた一連の経験や気付きにも、学びがあり価値があり、○か×か、イエスかノーかと、まるでクイズのように、正解の答えを探すことは(一見、楽や得ができるように思えても、実際のところは)、学びから遠ざかる行為になり、自分のためにはならないのだ、という、理解をしていくことだと思います。

現世的には得ができても、たましいの観点からすれば、まったく得にならないどころか、むしろ学ばなければならないことを、増やしてしまっている、という場合もあります。

何に価値を置くか、という感性を磨いていくことが大切です。その上で、スピリチュアリズムの学びを活用していければ、人生はより輝いたものになっていくでしょう。

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09.スピリチュアル全般」カテゴリの記事

コメント

はじめてブログ拝見させていただきました。
とっても、わかりやすく、あたたかく、すっと心になじむ文章に癒されてコメントさせていただきました。
ありがとうございます。ほっとしますねぇ♪

投稿: ひとみ | 2011年3月23日 (水) 09時38分

*ひとみさま

ご感想ありがとうございます( ̄∀ ̄)。スピリチュアリズムの、理解の一助になれば幸いです。

投稿: リカコ | 2011年3月23日 (水) 10時06分

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