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2011年2月14日 (月)

孤独が辛い人と、孤独が楽な人がいる。

世の中には、さまざまな考え方、感じ方の人がいて、孤独が辛い、ひとりでいたくない、と感じる人もいれば、ひとりのほうが楽、他人といると煩わしい、と感じる人もいます。

考え方、感じ方というのは、その人の個性ですから、どちらがいい、悪い、という優劣はありません。

どんなことにも言えますが、大切なのはバランスです。適度なら問題のない性質も、過剰になったらよくないのです。

孤独が辛い、と感じる人は、「孤独さを乗り越える」学びを持っている、ということです。乗り越え方には、いくつもの形があります。それは、自分を強くすることだったり、分かりあえるパートナーを得ていくことで、孤独感を埋める人もいるでしょう。その場合は、孤独感を解消していく学びと、人間関係を構築する力をつけていく学びが、重なり合っているわけです。別の言い方をすると、孤独感を動機として、人間関係に挑むような学びをさせられるのです。

孤独が楽、と感じる人にとっては、「孤独という環境に、逃げない」ことが、学びになるケースが多いのです。こちらもまた、乗り越え方にはいくつもの形があります。意図的に人と関わるようにして、苦手意識を薄くしていく方法もありますし、集団ならではの楽しさや手ごたえを見つけていくこともよいでしょう。

人は誰もが、楽な方に流されてしまいます。辛いことは、避けたいと考えます。

そのため、孤独が辛い人は、他人に依存しがちになりますし、人付き合いが辛い人は、孤独な環境に逃げたくなるのです。

つまり、考えるべきポイントは、「孤独は、良いか、悪いか?」というような、○×の定義ではない、ということなのです。

同じ「孤独」という感覚に向き合っていったとしても、ある人にとっては、他人に依存したい気持ちがあり、別の人にとっては、他人を避けたい気持ちがあるわけで・・・、その人にとっての(たましいの観点からの)正解となる行動はあっても、全員に当てはまる正解はありません。

その人の備えている考え方のクセとか、動機などを含めて、自分のあり方全体のバランスを考えていかなければ、改善すべき点はどこなのか、・・・改善すべき点があるのか、ないのかも、見えてはきません。

先にも書いたとおり、大切なのはバランスです。

孤独が辛い人も、孤独が楽な人も、その性質の発揮のされ方が、極端にならないように、というのが、基本的な判断のポイントとなるでしょう。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

コメント

私は話のイニシアテイブをとる場合よりも大抵聞き役に回る方が多いのですが、私の直感力は鈍いということなのでしょうか?どちかというと、相手の相談にのるというパターンが多いというような関係が殆どです。

投稿: たま | 2011年2月14日 (月) 08時24分

*たま さま

ひとつ前の記事の「直感力の高い人は、話が上手」についてのご質問でしょうか。

特徴というのは、「誰にももれなく当てはまる」という意味で書いているのではないです( ̄∀ ̄;)。

たとえば、「霊感が強い人は、太りやすい」とよく言われます。その傾向は確かにありますし、そうなる理由もあるのですが、しかし、「霊感が強くて、普通体型」の人もいますし、全員が必ずそれに当てはまるわけではありません。

直感も同じで、たったひとつの定義の○か×か、という形では、計れないものです。

また、「相談される」というのは、相手から意見を求められている=意見を「話して」ほしい、わけで、話を聞いてほしい=聞き役になってほしい、とは限りませんよね。

「話役」「聞き役」という定義すらも、人による定義で変わってくる要素なのですから、断定的なとらえ方をしないことも大切ではないでしょうか( ̄∀ ̄)。

投稿: リカコ | 2011年2月14日 (月) 08時50分

孤独が楽で、人との関わりは少なめにしたいと思っている者ですが、なぜか学生の頃から、既に出来上がってる集団に頑張って入っていかないといけない状況が多かったり、人とあまり関わらない仕事に就くつもりだったのに、気が付いたらよく知らない大勢の人と関わらなければならない仕事をすることになってしまっています。

これが「学び」なのかなと思ってはみるものの、全然楽しくありません。
本文中にも、
>「孤独という環境に、逃げない」
ことと書かれているのですが、その言葉を聞くのはすごく苦しいです。
人と関わることが増えれば増えるほど、苦手意識が強くなり、孤独に逃げたくなってしまうのですが、私は今「学び」の観点からみて、どういう状況なんでしょうか?

投稿: もみじ | 2011年2月15日 (火) 20時18分

*もみじさま

同じような悩みや苦しみを抱えていたとしても、感じ方や受け止め方には、個人差がありますので、全員に当てはまる正解はなく、ブログでお伝えしているのは、「大枠」でしかないことを、ご理解いただければと思います。

コメントでのご質問は、一般に広く当てはまり、多くの方の参考になることでしたら、簡単にですがお答えできることもありますが、今回のような、「もみじさん個人のこと」については、お答えすることができません。

おひとりに対応すれば、全員に同じ対応をしなければならなくなります。それは、労力的に不可能です( ̄∀ ̄;)。

このブログ内で、皆さまのご参考になることがあれば、と思って、日々、更新をしておりますが、広く一般に当てはまることを超えた、個人的なご質問については、有料のリーデ ングをご利用いただけますようお願いいたします。

この記事には書いていない部分も、過去記事の中に、現状に参考になる部分もあるかもしれませんので( ̄∀ ̄)、お時間のあるときにでも、お読みになっていただき、参考になることがあれば幸いです。

投稿: リカコ | 2011年2月15日 (火) 23時02分

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