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2011年2月26日 (土)

挑戦するか、否か、というのは、「極端な二択」。

特に女性に多いのですが、「イエスか、ノーか」、「やるか、やらないか」、「良いか、悪いか」のように、極端な二択の定義を、自分が作り上げ・・・、そのどちらも選ぶことができず、迷いの中にはまり込んでしまうことがあります。

世の中で起こる出来事というのは、とても複雑な要因が絡み合って起こるわけで、そう簡単に、白黒、つけられるようなものではないはずで・・・、本来、白黒つけられないものを、つけようと「自分が」している(から、うまくいかない)と、気づくことが大切です。

複数の、たとえば5つくらいある選択肢のうち、最も相反する選択肢が、ほぼ真逆になるなら、わかります。けれど、たった2つの限られた選択肢が、真逆で、何も共通点がない、という状態であれば、それは、「選べない」という迷いが問題なのではなく、「選択肢の定め方に問題がある」のではないでしょうか。

あまりに極端すぎる二択では、答えがきまるわけはないのですが、・・・しかし、困っているときは視野が狭くなるため、それに気づくことができません。

たとえば、新しいことに挑戦するかどうかで迷っている場合、「挑戦するか、しないか」という二択からひとつを選ぶのは、とても難しいものです。ひとつを選べば、自動的にもう一方の選択肢が消滅するような定義ですから。

世の中の出来事というのは、そう簡単には白黒つけられない、グレーゾーンに属するものが多いと思います。ときに、そのような、あいまいさを受け入れていく大人の感性を持つことも大切です。

なぜなら、仮に、「挑戦する!」と決めて、行動したとしても・・・、スタートと継続はまた別ですから・・・、「二択の考え方」から抜け出さないことには、ほどなく、「このまま、続けるか、やめるか」という、似たような迷いに直面してしまうでしょう。

極端な考え方しかできない人は、(たとえ、ひとつ決断したとしても、また別の悩みが出てきて)いつまでも落ち着かない、ジェットコースターのような、激しい上下の気持ちの波を持ち続けることになります。

このような場合であれば、「挑戦すると決めて行動する」、「いつかは挑戦するかもしれないが、今すぐには動かない」、「3年以内には挑戦するつもり」、「何人かに相談してみて、参考意見を聞いてから判断する」「挑戦は無謀だと思うので、やめておく」、「もうちょっと敷居の低い、別のことを検討する」など、白とも黒ともはっきしない、その中間に位置する選択肢が、いくつもあってもいいと思うのです。

「やるべきか、やめるべきか、どちらがいいだろう」と悩んでしまう気持ちはわかるのですが、そのような、極端な定義で一つを選ぶような思考の仕方を改めないことには、心に平安が訪れません。いつも、悩み続けることになってしまいます。

世の中にはたくさんの出来事がありますが、両極端の選択肢から、ひとつを選ばなければ「ならない」という状況は、それほど多くはないはずです。多くのケースは、「自分が」その定義を作り上げては・・・、選べなくて、苦しんでいるという状況です。

「今の仕事はとても苦しくて不満がいっぱいだけれど、我慢して働くしかないのか、それとも、以前から夢だったが、資金的に無理だと思っている、お店を開く、という道に進むべきなのか」、などという考え方に、困っているときほど、偏ってしまいますが( ̄∀ ̄;)、そんな自分に気づいて、もう少し緩やかな選択肢も想定していくことで、自分が楽に生きられるようになるのではないでしょうか。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

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