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2011年1月27日 (木)

グループソウルは「全体」で、私たちは「部分」。

私たち人間は、肉体をもった「霊(的存在)」です。肉体は、今回の人生限りの物質ですが、霊の部分は、消えてなくなることはなく、今回の人生を終えた後も、永遠に在り続けます。

今回の人生を終えると、肉体を離れた霊の部分は、あちらの世界の、たましいの大元である、「グループソウル」に戻っていきます。

けれど、現世で、肉体を伴って生きている最中も、私たちは、グループソウルから切り離されているのではありません。この、たましいの絆は、どんなときも、常に繋がっており、切れることはありません。

たとえば、プールに水が入っていて、その中に、バケツを入れたとします。バケツの中にも、やはり同様に水が入り込んでいるけれど、バケツの中の水は、(バケツを外に出さない限り)プールの水と同一であり、完全に別個になったわけではありません。

バケツの中の水とは、「バケツの中の水でもあり、同時に、プールの中の水でもある」、という状態になります。

私たちと、グループソウルとの関係も、それと同じで、「私という今回の人生を生きる霊でもあり、同時に、グループソウルという全体の、一部分でもある」のです。

あちらの世界と、こちらの世界(現世)は、どちらも密接に関連していて、切り離されることはありません。

現世は、プールの外側にある、バケツの中という単独の世界のように思えてしまいますが、実際には、この二つは、大きい箱に小さい箱が入っているように、重なり合っているのです。

ある一部分と、別の一部分を、二つに分けることはできても、全体と部分は、二つに分けることはできません。なぜなら、全体は、部分をも含んでこその全体だからです。

グループソウルが、霊としての全体であり、今回の人生を生きている私たちが、部分だと考えれば、私たちは全体に含まれているのだから、この絆が切れることはありません。いつでも、繋がりをもっていて、見守られながら、私たちは、この世という「プールの中の、バケツの中」で、今回の人生という学びを経験しているのです。

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コメント

リカコさん、いつも楽しく拝見しています。

なるほど!とても分かり易い例えです。バケツの中にいると、井の中の蛙のように、プールの存在が分かりません。
しかも私たちは、大抵プールから来た記憶を消されて(消すことを選んで)生まれるため、すっかり忘れて生活しています。
きっと忘れた頃の抜き打ちテストのように、プールの存在を思い出すまで現世の肉体を通して体験したり感じたりすることで、より深い魂の学びを深めることが目的なんでしょうね。

投稿: | 2011年1月28日 (金) 12時49分

そうですね、「知らないという状態であるからこその、学び」もあると思うので、

私たちは、人間として生きている限り、霊的真理のすべてを知ることはできず、そして、すべてを知らなくてもいい(それもまた、意味のあること)のだろうと思っています( ̄∀ ̄)。

投稿: リカコ | 2011年1月28日 (金) 12時55分

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