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2010年12月 1日 (水)

幼少期を含む、若いころの苦労が、「頑張りすぎ」を生むこともある。

幼少期に家庭環境が複雑だったり、若い頃に苦労している人は、全般的に「頑張りすぎ」になる傾向があります。

一般的に頑張るのは「望ましいこと」とされていますが、適度にそうする分には素晴らしいことも、過剰になれば、どこかに歪ができてしまいます。やりすぎになって、批判されたり誤解をうけたりすることもあるでしょうし、自分自身もひどく消耗するでしょう。

人一倍の頑張りが、結果に繋がっているうちはよいですが、空回りになっていたり、自分が消耗しても、頑張りをやめることができない人も多いです。

幼少期や若いころに「頑張れば、なんとかなる」、もしくは「頑張らないと、達成されない」という価値観の中で苦労して生きてきたので、その状態が、本人の中では普通になっていて、「ときに、休むとか、緩める、という方法で、物事がスムーズになっていくこともある」、という事実を、なかなか認められないし、また、認めなくない思いも持っています。

なぜなら、頑張らなくてもいい、と、認めてしまうことは、過去の苦労をした自分の否定だ、と思ってしまうからでしょう。過去の苦労した自分を肯定するためにも、「頑張りをやめることができなく」なってしまうのです。

人を頼ることが難しい環境を、自力で乗り越えてきた人ほど、「自分で頑張って何とかしよう」という価値観が根付いていますし、また、その価値観こそが、支えになってきた部分もあるでしょう。なので、なかなか、その考えから抜け出すことができない場合も多いのです。

頑張りというのは、決して悪いことではなく、むしろ望ましいことであるがゆえに、「過剰」になるラインとはどこなのか、というのが判断しにくいものでもありますが・・・、子供のころは、その頑張りが必要だったとしても、大人になった今、強さに加えて「柔軟さ」を身につけていくことも必要だからこそ、「頑張っても、うまくいかない」という事象が展開して、新しい価値観を身につけることを、促されていると思います。

「今は、必要がない考え方も、過去の自分に必要であり、そうしないと生きてこられなかった」という事実が実際にあり・・・、その経験があるからこそ、今の自分が存在するわけで・・・、大人になった今の状況に合わせて、価値観を成長させていっても、過去が否定されたりはしないし、苦労が無になるわけでもありません。

幼いころからの苦労ゆえに、頑張りすぎになってしまうタイプの方は、「自分の癒し」が必要です。満たされない部分を、自分の頑張りで埋めた生き方を、大人になった今の自分が認め、称賛し・・・、けれど、同時に、その価値観から卒業をしていく、という過程を経て、より調和のとれた自分の人生を作り上げることができます。

このタイプの方は、基本的に、強い人が多いです。苦しい状況を、自力でなんとかしようと、自分を奮い立たせて生きてきたように、その強さとパワーで、自分を癒していくこともできるでしょう。

「苦しみがないと、前には進めないはず」という価値観から、抜け出していく、という学びを持っている人は、とても多いと感じます。

この感情や価値観の癒しのために、具体的にどうしたらいいのか、というのは、その価値観が作られた状況により変わってくるので、一概には言えないのですが・・・、自分自身が、その苦労していた自分を認めて、「もう、この考え方で生きる経験は、十分に積んだ。あのときは、あれでよかったんだ。しかし、これからは別の生き方がある」と、心から思える状態になるのが、ゴールの目安となるでしょう。

また、ご家族などが、上記に当てはまるケースを助けたい場合は、「頑張りすぎなくてもいい」とか「力をゆるめなさい」と言葉で言うだけでは、なかなか、心に響かないかもしれません。それは、今現在、溺れている人に、「溺れるな!」といっても、どうにもできないのと同じです。なぜ、頑張りすぎになってしまうのか、という分析が必要ですし、過去への理解や寄りそう気持ちも必要だと思います。本人は、それを一番求めていることが多いのです。

表面的な現象「だけ」で計ろうとせず、原因から分析して包括的にとらえていくことが、どんな場合でも大切だと思います。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
いつも楽しく拝見させていただいております。

ここにくるたびに欲しい言葉が沢山あるので、
「これを読みなさい」とどこかで電波を送ってくれてるかのようです(笑)
その電波をキャッチしてこのサイトに足を運ばせてくださってるんだなぁと考えると、
感謝の毎日です。

実は今回のお話、今まさに直面していることでした。
頑張りすぎることによって、周りの人がよく苦い顔をしてたのはこういうことだったんだなぁと、
もっと力を抜きなよと色んな人から言われたことを思い出しました(笑)

今までしてきたことをちゃんと自分で褒めてあげて、
新たに歩く道を探したいと思います(*´ω`)

投稿: クロ | 2010年12月 1日 (水) 23時04分

*クロさま

本人たちの知らない「どこか」で、送受信がなされているのでしょうね、きっと(笑)。そのように考えながら毎日をすごすと、すべてが神秘で奇跡だと感じられますよね。

「頑張る」のは、良いことなので・・・、だからこそ、やりすぎになっていることを自覚しにくく、気づくのは難しいのですよね・・・。今まで「抱えていたもの」を、排除していけば、必要なものが残り、「これから歩く道」が、見えてくるかもしれませんね( ̄∀ ̄)。

投稿: リカコ | 2010年12月 1日 (水) 23時27分

こんにちは。
はじめまして。
最近なってから、リカコさんのブログを見つけて、初めから過去のものから順番に読ませて頂いています。
ここに書かれていることは、正に私だ!!
と思い、コメントさせて頂きました。

私は3年前には札幌に住んでいたのですが、現在は九州に在住しています(リカコさんになかなか直接会いに行けないのは、惜しいことです)。
私も上記のような状態から、半年前に心身共に疲弊してしまって、休職している状態です。
幸いにも、こちらの良いスピリチュアルカウンセラーの方にお会いすることができ、現在、回復傾向です。

スピリチュアル関係のブログも沢山ある中、本当に善意でやっているリカコさんのものを発見した時には、嬉しく思いました。
また、知りたかったことを非常に分かりやすく説かれていて、勉強になるなあと拝見させて頂いています。

いつも応援しておりますので、これからも無理をされずに頑張っていってください。

投稿: し~ | 2010年12月25日 (土) 15時43分

*し~さま

長くてくどいブログ(笑)を、過去記事からお読みいたきましてありがとうございます( ̄∀ ̄)。お役に立つ記事がありましたら、幸いです。

昔は札幌にいらっしゃったのですね。こちらも、今年の夏は北海道らしからぬ猛暑で、秋が短く感じましたが、ちゃんと帳尻はあうようになっているようで、12月後半からは、ふつーに例年どおり雪が降っていますね^^;。

投稿: リカコ | 2010年12月25日 (土) 17時43分

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