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2010年12月 7日 (火)

生まれる前に、「今回の人生の青写真」を、どこまで描いているか(2)。

今回の人生の経験等で、変わる余地のある「運命」については、決まっている「宿命」と違って、自分自身で作り上げていくことができます。

しかし、運命についても、流動的であるとはいえ、「ある程度の方向性を、絞って、青写真を描いている」たましいもあれば、「それほど細かくは、描いていない」たましいもあると、(1)で説明しました。

この差が発生するのは、そのたましいの「カルマ」によります。どの程度決めてくるか、というのもまた「必然」であり、そのときの無作為な思いつき等で、細かく決めたり決めなかったりするわけではありません。

カルマというのは、積み重ねた行為の総称です。悪いものだけがカルマではありません。通常、悪いことが返ってきた場合に、この言葉を使うことが多いため、カルマの理解にも誤解が生じやすいのですが、特定の行為のみをさす言葉ではありません。

今回の人生は、前回までの人生(過去生)を踏まえて、学びの要素を決めますので、過去に積み重ねたカルマにより、今回の人生の宿命を決め、そして運命も青写真を描いてきます。先にも書いたとおり、運命については、かなり流動性はありますが。

たくさんの過去生での経験値がある人は、その中から、より専門性のある人生を経験しようと、方向性を絞った青写真を描いて、生まれてくることもあるでしょう。経験値の少ないたましいは、専門性のある人生を送るには、基礎的な素養が少ないので、あまり方向を絞らない青写真で生まれてくることもあるかもしれません。

しかし、また別の考え方では、たくさんの経験値があり、フレキシブルに対応できる基礎力があるため、方向性を絞らないで生まれてくるたましも、あるでしょう。逆に、経験値が少ないので、より自分の特性を発揮して学ぼうと、方向性を絞ってくるたましいもあるかもしれません。そうなると、上記とは真逆になりますよね。

このあたりは、そのたましい個別の観点からすれば、すべて「必然」なのですが、積み重ねたカルマの活かし方や解消の仕方は、人の数・・・ならぬ、たましいの数だけバリエーションがあるので、定義はつけられないのですが、「カルマによる」ということだけは、言えるでしょう。

カルマの学び方も、さまざまなので、方向性を絞ったほうが学びやすいたまいしは、そうするでしょうし、方向性を絞らないほうが、むしろ、学びの上では都合がいい、というたまいしは、そうするのでしょう。どちらがいい、悪い、というような優劣はありません。

「変えられない宿命」とは違うけれども、「流動性があるけれども、方向性が絞られている運命」というのは、分かりやすさのために、極端な例をあげますが、歌舞伎役者さんの家にうまれる、男子のたましいなども、該当すると思います。

男子として生まれた時点で、将来の職業はほぼ決定ですよね。でも、どうしても継ぐのを嫌って、家を出るとかすれば、継がない未来も(可能性は低いかもしれませんが)あるかもしれず・・・、そう考えると、変えられない「宿命」とは、ちょっと違う気がします。「変えられる余地のある運命についても、かなり絞りこんだ青写真を描いてきた」、と言えるのではないでしょうか。

自分の進むべき道が、はっきりと見えない人は、「そうして、悩み考えることも含めた学び」が、青写真に組み込まれている(から、流動性の余地を大きくした)人生なのかもしれません。

方向性が定まっている人がうらやましいと思うかもしれませんが、しかし、方向性が定まっている人生を歩んでいる人は、自由になりたいと思っているかもしれず、総合的に考えれば、どちらも、その人なりの悩みもありメリットもあり、やはり「平等」なのだと思います。

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