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2010年12月23日 (木)

前世の回数が少ない人も、多い人も、今回の人生における大変さは同じ。

前世の回数が少ない人は、それだけ経験値が少ないわけですから、多い人に比べて、特定の苦手分野が生まれやすいことは確かです。

たましいの成長は、「どれだけ深く学びを得たか」により決まるのであり、回数や時間という、数値の多さで決まるのではありませんから、たましいの成熟度は、生まれ変わりの回数のみでは計れませんが(少ない回数でも、深い学びを得ているケースもあるので)、しかし、全体的な傾向としては、やはり、生まれ変わりの回数が多い人は、少ない人と比較すると、成熟している面はあると言えるでしょう。

けれど、前世が少ない人も、多い人も、今回の人生における、大変さの度合いは、どちらも変わりません。「その人なりに、大変」という意味では、同じになります。

なので、前世が少ない人は、この回の人生が生きにくくて、多い人は余裕があって今回の人生を生きる上で得ができる・・・などということは、ありません。

なぜなら、生まれ変わりが多い人は、その分、身につけていることも多いわけで、「得意分野を、人のために発揮していかなければならない人生を送る」という学びを担っていくからです。それはそれで、別の意味でのプレッシャーはかかるものです。

そのような機会が、ほぼ強制的にめぐってきて、学ばされるようになっていますので、経験が多いからといって、要領よく立ち回って得をするような生き方は、出来ないようになっています。

自分のためだけに何かを行うのと、人に働きかけるのは、背負う責任の重さも違ってきます。培った経験則を、自分のためだけに使えるなら、楽に生きられるかもしれませんが、人のために使うとなったら、やはり、そこで、「過去の経験が活かされない、新しい学びをする」わけですから、別の形で「未知の分野に挑む」ことにもなり、楽をすることはできません。

この世は、制限のある中で、苦労して学んでいくための場所ですから、「その人なりに、誰もが苦労しながら、学ぶ」仕組みになっていて、経験の少ない人は少ないなりに、多い人は多いなりに、苦労を伴って学んでいきます。

誰もが、「自分の感覚で」人のことも考えてしまうものですから、経験が少ない人で、階段の2段目で苦労している人は、2段目を悠々と越えていく人を、「あの人は得をしていて、私は苦労して損をしている」と思ってしまうものです。

けれど2段目は軽々越えても、3段目に挑む機会がやってくるわけで、決して楽ではありません。しかし、2段目で苦しみに直面している人は、(経験していないことは、分からないものなので)その先の3段目があることに、想像力が及ばないケースが多く、自分だけが大変、と思ってしまいます。

一方で、逆に、3段目に挑んでいる、経験の多い人は、(自分が経験済のことは、よく見えるものなので)自分が3段目にいて、相手が2段目にいることは、把握できます。

しかし、2段目にいる人が、楽をしているように見えてしまって、自分のほうが大変で、相手が楽をしているかのように思えて、「あの人は、2段目という簡単な学びをしていて、私は、3段目の学びをしているのは不公平」と、思ってしまいがちなのです。

苦労の度合も、そして、自分が苦しくて、他の人が楽をしているように思えてしまう、という誤解の部分も含めて、「その人なりの基準」という意味では、どちらも同じであり、公平です。

前世を踏まえて考えるならば、そのような仕組みを知ることが大切です。

それらを正しく理解していくことができれば、前世が多い人も、少ない人も、世の中に対する不公平感が薄れていき、自分も楽になり、他者への理解も深まっていきます。

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07.前世・守護霊」カテゴリの記事

コメント

50代男性です。よい記事をありがとうございます。

自分はとても人生体験が未熟で、幼い魂なんだと思います。

若い時に躁鬱病になり、結婚や子育ての体験はおろか、人間に必要な経験がほとんど出来ていないことに気づき、今になってがく然としています。

人のお世話に甘えるばかりで、人のために何一つ出来ていませんでした。

もっと若い頃に、こういった話題に触れられれば良かったなあと思います。

そういった意味では今は良い時代ではあると思います。

投稿: 田中 | 2010年12月23日 (木) 20時33分

*田中さま

>人のお世話に甘えるばかりで、人のために何一つ出来ていませんでした

そんなことはないですよ( ̄∀ ̄)。人に奉仕をする側の人も、「奉仕をさせてくれる相手」がいないと、奉仕をする学びができません。

そういう意味では、あなたも、相手の学びに貢献しているといえます。


>もっと若い頃に、こういった話題に触れられれば良かったなあと思います。

生まれてくる時代もまた、必然で、自分でふさわしい時代を決めてきていますから、スピリチュアリズムが広まる前に、青春時代を過ごされたことにも、(あなたのたましいにとって)何らかの意味があったのでしょう。

人生に、無駄な経験はひとつもなく、「あなたは、あなたのたましいに必要な経験を重ねていた」のだと思います。

この先の人生が、より実り多きものになりますように。

投稿: リカコ | 2010年12月23日 (木) 22時16分

ありがとうございましたリカコさん。この先の実り、大きくなるように励みます。

投稿: 田中 | 2010年12月24日 (金) 00時09分

*田中さま

何年か前、美輪明宏さんが「私は、この年になって初めて分かったことがある。70になっても学びはある」と、おっしゃっていました。

人は、どこまでも成長していけるものだと思います( ̄∀ ̄)。

投稿: リカコ | 2010年12月24日 (金) 10時38分

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