« 前世の影響が、幼少期の思考にあらわれていた事例。 | トップページ | やりたいことが出来ない状況もまた「必然」であり、気づくべき「何か」がある、ということ。 »

2010年12月15日 (水)

「正しい思考」が、想念の力を強めていくことになる。

私たちは、誰もが、無意識も含めて「想念というエネルギーを放って」いて、お互いに、「想念のやりとり(送受信)」をしています。

物理的な行動や、言葉を発することだけに限らず、思考も、創造行為としてのエネルギーを持ちます。

行動力がある活発な人もいれば、控え目な人もいて、話好きな人もいれば、無口な人もいるように、想念の放ち方、つまり思考の力とも言えますが、それらも同様に、強い人もいれば、弱い人もいて、頭の周りのオーラの様子に、現れます。

たとえば、「聡明な人」は、頭の周りのオーラがとても大きく明るく発達しています。「念の力が強い人」は、頭の周りのオーラに、勢いや強さがあります。特定のある部分から、とても強いエネルギーを放っているように感じられます。

思考もまた、想念というエネルギーとして作用しますから、高い想念を抱けば、「波長の法則」で、高いものと引きあいますし、低い想念を作り出せば、それもまた、低いものを自ら引き寄せてしまうことになります。

この「仕組み」は、誰にも共通するものなのですが、仕組みの作用の仕方、つまり、引き寄せる力の強弱のようなものはあって、念力の強い人のほうが、引き寄せる力も大きいといえるでしょう。

自分の波長が低いときには、引き寄せる力の強さが、災いしてしまう部分もありますが、しかし、高い波長を保っていくことができれば、たくさんの素晴らしいものを引き寄せる力も、大きく作用することになります。

想念の力を、大きく強くしていくためには、「思考力を活用すること」が大切です。もっと具体的にいえば、「正しい思考をするという、練習を重ねること」です。

私たちは、日々、いろんなことを思考しているツモリになっていても、そのほとんどは、実は、それほど重要でもなければ必要でもない「雑念」であることが多く、自分の成長に繋がるような深い思考は、意外と少ないものです。

思考は、私たちの感性を育てますが、雑念は、むしろ成長を遮ってしまうことが多いでしょう。その違いを、きちんと認識する必要があります。

それらを理解せず、ひとまとめにして解釈しているために、思考を手放しましょう、思考はいらない、などの、大きな曲解がうまれるのではないでしょうか。

雑念は、思考という創造行為の無駄遣いをしているようなものです。しかし、理性や愛に基づいた、高い波長の思考は、高い想念エネルギーの送受信でもあり、また、頭の付近のオーラ、想念の力をつかさどる部分の発達を促進していきます。

平均よりも大きなオーラを備えている人は、たくさんいますが、備わっている力を活用している人はあまり多くはありません。オーラでいえば、サイズは大きく、潜在的な資質はあっても、全体的な力強さや勢いがない状態、「活かしきっていない状態」になっている人が多いのです。

現代の世の中は便利すぎて、何も考えなくても、食べたい物は売っているし、ほしいものは手に入ります。本も読まない、人間関係を避けてネットに夢中になる・・・、これでは、思考のための、基礎力も身に付きません。思考力がなければ、考えようとしても、結果、生み出されるのが雑念になってしまうこともあるでしょう。

先にも書いたとおり、雑念では、思考力は深まっていきませんので、頭の周りのオーラも明るくならない・・・どころか、逆にくすんでしまうのです。

せっかく備わっている資質を、活用できない状態は、とてももったいないですし、そして何より、自分自身が苦しいのではないかと思います。

雑念ではない、思考の習慣を、自分の中に作り上げていくと、頭の周囲のオーラも、強く活性化して明るくなり、たくさんの有意義なものを、引き寄せる念力も、高まっていくでしょう。

*ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

 人気ブログランキングへ

  にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

|

« 前世の影響が、幼少期の思考にあらわれていた事例。 | トップページ | やりたいことが出来ない状況もまた「必然」であり、気づくべき「何か」がある、ということ。 »

10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 前世の影響が、幼少期の思考にあらわれていた事例。 | トップページ | やりたいことが出来ない状況もまた「必然」であり、気づくべき「何か」がある、ということ。 »