« 前世の回数が少ない人も、多い人も、今回の人生における大変さは同じ。 | トップページ | オーラの中に、不要なエネルギーを帯びている状態を改善する方法。 »

2010年12月24日 (金)

自覚していない資質が、眠っていることもある。

「自分で自分のことは、よくわからないもの」という表現があります。また、「自分のことは、自分が一番よくわかる」という表現も使われます。

これは、どちらも正しいです。自分とは、自分ではわからないものでもあるし、同時に、自分が一番よくわかるものでもあるのです(笑)。

自分のことがよくわかる人とは、自己分析力があり、そして、他者との比較の感覚がバランスよく備わっている人です。比較は、優劣をつけるためではなくて、「違いを知るため」の感覚です。

私たちは、比較をして、「あれ」と「それ」、「A子さん」と「自分」という違いを認識します。 比較をするためには、基準となる「自分」を知らなければできませんし、また、比較をすることで(相手との違いが分かるので)、「自分」を知ることができます。分析をする力は、とても大切です。

自分のことはよくわからない、というのもまた、そのとおりです。自分と相手との比較(違いを知る)ことは難しくありませんが、自分と自分を比較することは(違いがないので)困難です。比較の感覚がないものは、認識しにくい傾向があります。

自己分析力が低かったり、または、(比較の対象である)他人と関わる機会が少ない人は、「自分」を知ることが、難しくなるでしょう。

上記は、とても一般的な「自分のことは、わかる」「自分のことは、わからない」という表現の説明です。

これとは別に、「今まで、それを自覚するような機会がなく、まったくの思考の外側にある要素だったために、意識することがなかった」というケースもあります。

自己分析力があっても、それなりに人と関わってきていても、自分の意識や思考から大きく外れる分野の資質や適性は、気づきにくいと言えるでしょう。

これは、私自身の例を出すのが一番分かりやすいと思います。

私は、5年前くらいまで、自分の霊感に気がつきませんでした( ̄∀ ̄;)。気付かなかった、というより、「そんなこと、考えてみたことも、なかった」という表現のほうがふさわしいです。

今まで見えなかったものが、突然見えたら、「過去と比較」ができるので、認識しやすいですよね。違いが分かるからです。

けれど、私の場合は、5年前も、今も、特に何も変わってはいません。10年前も、それほど変わっていません。でも、10年前の自分は、比較するものがないので、また、考えてもみない分野なので、分からなかったのです。

私は、当時から、よく気がついて機転がきくタイプではありました。しかし、私は、その理由を「経験則」や「洞察力」という自力だと思っていて、他の人が分からない方法で把握している(部分もある)なんで、これっぽっちも思っていませんでした。

分析というのは、本人の知覚の及ぶ範囲・・・それは、今までの経験だったり、知識だったりを、当てはめて解釈するものですから、「考えついたことすらない」要素は、自分ではなかなか認識できません。

5年前に、先生に指摘されなければ、そのまま自覚がないまま過ごしていた可能性もあります( ̄m ̄*)。

基本は、自分で分析する力を磨くことと、人と関わって、比較することで、相対的に(それと違う人間であるという)自分を知ることが大切なのですが、「考えついたことすらない」分野に、自分らしい資質や、眠ったままになっている輝きがあるかもしれませんので、第三者からのアドバイスも、有効だと思います。

ときには、信頼できる人や、目が利きそうな知り合いなどに、「自分について」聞いてみると、自覚していない資質の発掘へのヒントが得られることもあるでしょう。

気づきにくいことというのは、それだけ自分に馴染んで普通になっていること、でもあるので、掘り起こした先に、「予想以上の大きな実り」があるかもしれません。

*ブログランキングに参加しています。以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

  人気ブログランキングへ

  にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

|

« 前世の回数が少ない人も、多い人も、今回の人生における大変さは同じ。 | トップページ | オーラの中に、不要なエネルギーを帯びている状態を改善する方法。 »

10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 前世の回数が少ない人も、多い人も、今回の人生における大変さは同じ。 | トップページ | オーラの中に、不要なエネルギーを帯びている状態を改善する方法。 »