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2010年11月12日 (金)

自立心の強い人は、頑張りすぎて「犠牲的」にならないように注意。

自立している人というのは、文字通り、「自分だけで、立つことができる」人、他人の存在がなくても、自分という存在が単独で成り立つ人です。一方、依存的な人は、相手があってこそ依存できるわけで、「自分だけで立つ意欲が少々薄い人」、とも言えます。

誰にでも、どちらの要素も備わっていて、比率が違うだけです。自立心が「強い人」はいるけれど、自立心「だけ」にはなれません。

イメージとして、自立心の強い人はポジティブで、依存心が強い人はネガティブにとらえられがちですが、そう単純に区分けはできません。自立心が強い人でも、落ち込むこともあれば、疲れることもあり、波長が下がってネガティブになることもあります。

自立心が強い人が、気をつけなければならないのは、強さが、違った方向に発揮されてしまうことです。中でも、一番多いのは、「犠牲的」になってしまうことです。

自立心が強い人とは、先にも書いたとおり、自分で立つことができますから、気持ちが落ち込んだり、悩んだりしても、依存的に傾くことは少ないものです。

たとえば、体力がたくさんある人が、多少疲れたからといって、もともと備えている体力の総量が減ることはありませんよね。一時的に疲れているのは、その時だけの「状態」ですから。

それと同じで、自立心の強い人が、ネガティブな状態、波長が下がった状態になったとしても、依存的になってしまうことは少なく、「犠牲的」になってしまうことが多いです。

「犠牲的になる」とは、自分が一生懸命に、時間をかけて、労力を尽くして、相手のために行動して・・・、そうすることで相手に対するアドバンテージを握ろう、としてしまうことです。

ほとんどの場合、本人は、無意識です。いつもどおり、自立心をいかして、人のために動いているつもり、奉仕をしているつもりになっても、やりすぎになって、自分だけが消耗していき・・・、苦しい状態になります。

その苦しさを打開しようと、ますます、行動して尽くして(いるつもり)も、事態を増長させるだけで、解決に繋がりません。自立心の強さゆえに、「頑張りすぎ」になってしまうのですね。特に、理想が高い人ほど、そうなる傾向があります。

通常、自立心の強い人が、一生懸命に何とかしようと働きかけている相手は、「依存的なタイプ」です。そういう人は、尽くすほどに、ますます依存的になっていくものです。

そうなったとき、自分が(よかれと思って頑張っていても)空回りになっていることに、気づかなければなりません。自分が犠牲的になることで、相手が目を覚ましてくれることを願っていても、それは通常、達成されません。依存的な人にとっては、いくらでもしてもらいたい、という気持ちが増長していくだけだからです。

依存的な人を、なんとかしたい、という気持ち自体は悪いものではないけれど、何ごとも、「適度」が大切で、過剰になったらよくないのです。

自立心があり、強さと忍耐力、そして奉仕の精神を持っている人ほど、自分の意欲や行動が、オーバーペースになっていないかを、常に考え、コントロールしていくことが必要になっていきます。

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