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2010年11月 4日 (木)

霊的に生きる、とは、「自分の器にあった霊的理想を体現して生きる」こと。

私たち人間は、(肉体をもった)霊的存在であり、霊的世界があるという前提の上での価値観や哲学である、スピリチュアリズムに則った生き方をしている人を「スピリチュアリスト」と言います。

スピリチュアリズムには、いくつかの便宜上の「定義」があります。けれど、その定義の解釈や、日常への活かし方などは、一律にすることはできません。

理解というのは、その人のパーソナルな領域で行われるものであり、精神的に成熟している人もいれば、まだ途中の人もいますから、差がつきます。

わかりやすさのための便宜上の数字になりますが、たとえば、スピリチュアリズムを20%理解している人と、50%理解している人で、「スピリチュアルな生き方」「霊的価値観の生き方」を比べれば、(理解が違う以上)同じにならないのは当然と言えます。

また、具体的な行動を、一つ一つ示して、「この行動をしていれば、OK」というような、定義もつけられません。

私たちは常に変化という成長をしている存在であり、スピリチュアリズムへの理解も、成長に比例して、深くなっていくはずです。

そのような成長過程において、どんな状態にあっても当てはまる「霊的価値観による生き方」「スピリチュアルな生き方」というのは、「現時点での自分が知りうる、霊的真理を実践し、最善を尽くして生きていく」ことだと思います。理解が深まれば、最善の示すところも移り変わっていきます。

それは、人に対する奉仕の気持ちや、やさしさ、さらには、自分自身を成長させるために、自分を満たすことや、人の役に立つために、自分の才能を磨くことや発揮することも含まれるでしょう。

「自分が知り得る、最善」ですから、他人との比較はできません。霊的真理を知らない人に強要することもできませんし、知っている自分が見ないふりをすることもできません。基準は、常に、「自分の心」と「自分の行動」を一致させることです。

「現時点での、自分が理解している真理」、ということは、霊的な理解が進んでいる人ほど、ハードルは高くなりますが、その人の器に合った霊的理想を目指す、という意味では、誰もが平等です。

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09.スピリチュアル全般」カテゴリの記事

コメント


霊的理想を目指すには、どのような事を学んでいけば
よいのでしょうか?
少しは、その道を通っているつもりですが、自分がどの程度なのか
解る術もありません。
ただ、垣間見ただろう世界をしっかりと解るようになりたい!
という想いは深まるばかりです。

投稿: まもり | 2010年11月16日 (火) 12時28分

まもりさま

>霊的理想を目指すには、どのような事を学んでいけば
よいのでしょうか?

それは、この記事の題材に取り上げているとおりで、理解が20%の人もいれば、50%の人もいますから、学び方も、理解度に合わせて、違いがでるでしょうし、変化もするでしょうから、すべての人に当てはまるような答えは、難しいのではないかと思います( ̄∀ ̄)。

記事内の文書にあるように、「この行動をすればOK」という定義は、つけられませんね。

投稿: リカコ | 2010年11月16日 (火) 16時42分

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