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2010年11月30日 (火)

ケータイやメールの普及と、コミュニケーション力の関係。

携帯電話とメールを使うことが、日常的になって、しばらく経ちます。多くの人が、これらのツールを介して、相手と連絡を取るようになり、とても便利にはなりましたが、いつでも簡単にコンタクトができるため、逆に、その人自身の「コミュニケーション力」が、低下しているようにも感じます。

とても簡単に連絡ができるので・・・、「とても簡単に連絡をしてしまう」のが習慣になり、大人としての常識的なコミュニケーション力、会話力が、低下し、かなり人間関係に支障が出ているのを感じます。

簡単に連絡をして、何でも尋ねられるからといって、その行為が正当化されるわけではありません。相手は別の考えをもった別の人間なのだから、自分の思う通りの反応をしてくれないのは、当たり前のことなのです。場合によっては、相手に迷惑だと思われることも、想定しておく必要があります。

自分が連絡するのは簡単でも、それに対応する相手にとっては、簡単ではないこともある、という点を、認識しておくことが大切です。

たとえば、あるレストランの料理の作り方を知りたいとします。そのためには、実際に自分も食べに行ってみるとか、似たような味を再現するために自分の知識で工夫してみるとか、料理の得意な友人にアドバイスをもらうなどするのが、「普通の行動」ではないでしょうか。

それを、いきなり、メールや電話で、「料理の作りを知りたいです」とレストランに連絡をしても、断られるのが当然だと思うのです。

なぜなら、お店は、料理を提供して金銭を得ているわけで、来店を前提とした料理の質問ならともかく、唐突に、「自分が知りたいから」という理由だけで、質問されても、・・・答えてくれなくても、文句は言えませんよね。

相手がレストランではなく、友達だというなら、話は別です。それなら、答えてくれることが多いでしょう。

ここで問題なのは、気ごころの知れた友達同士の連絡と、無関係な人に対する連絡を、同列に考えてしまう、それらの距離感の違いが判断できない、という点です。自分に全く悪気はなくても、相手からすれば「KY」に思われてしまうこともあるのです。

円滑なコミュニケーションをするためには、「相手の身になって考える」ことが大切です。それは、言葉づかいが丁寧であるとか、あいさつをきちんとするとかの、形式だけではなくて、相手の立場に立って考えるとか、自分のとの関係性を考慮した言動が必要、ということなのです。

ケータイも、メールも、とても便利な手段です。しかし、直接人と会って話す経験が不足すると、ふさわしい距離感が図れなくなり、それらは結局自分に降りかかって、人間関係の構築を難しくしてしまいます。

連絡の手段としては便利なツールも、実際に人と会って交流をする、という経験の代用にはなりません。コミュニケーション力があってこそ、道具を有意義に使いこなせるのではないでしょうか。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

コメント

リカコさんhappy02こんにちはapple
いつも拝見させていただいています。

りかこさんのメッセージは毎回私の心に響きます。

日々人とかかわる中でのコミュニケーションは本当に大切だと常々実感いたします。
私は自分の言葉遣いに最近振り返ることが多いです。

常に相手の身になって言葉を遣っていきたいなぁ・・・と。

本当に大切なことですね。

リカコさんありがとうございます。


投稿: ふぅ | 2010年11月30日 (火) 11時59分

*ふぅさま

人間関係は、すべての基本ですから、コミュニケーション力により、関係を良いものにしてくことができますね。行動も言葉も、そして思考も、すべてはエネルギーを発揮していることになるので、よいものを外に向けて発揮する生き方をしていきたいですね。

投稿: リカコ | 2010年11月30日 (火) 13時05分

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