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2010年11月 6日 (土)

決断するのは、自分の意思で。

人生は、選択と決断の連続だといえます。岐路に立ち、どちらの道を選ぶか、迷い悩むことの繰り返しです。

迷ってしまうのは、どちらか一方の道が「正解」で、もう一方が「間違い」のように、思ってしまっているからではないでしょうか。けれど、どちらの道に進んでも、その道なりの学びがあり、間違いの道、というのは存在しません。

その時点での選択肢の中で、「より、自分に適している道」という意味での優劣は、全くないとは言いませんが、それでも「○」や「×」のような、正解と間違いがあるわけではありません。

スピリチュアリズムへの理解が浅い方の中には、守護霊に聞けば、「右の道のほうが、楽ができて、お金が儲かって、幸せになりますよ」と、答えてくれると思っている方もいるかもしれませんが、実際、そのような都合のいい答えが得られることはありません。

我欲いっぱいの質問に、答えてくれるような守護霊はいません。

迷っているときの、後押しになったり、決め手につながるヒントは、得られるかもしれませんが、それでも、実際に、何をどう選んで、行動していくかは、自分で決めることなのです。

平穏無事な人生を望む気持ちは、誰の心にもありますが、目立ったトラブルが起こらないように、うまくやり過ごすことが「正解」だとは限りません。一見、苦労ばかりで「失敗」や「間違い」に思えるような選択肢こそが、成長につながる場合もあるからです。

すき好んで、苦労の多い道を行くべきとは、思いませんが、目先の損得のみを重要視してしまうと、大切なものを見失ってしまうこともあります。

守護霊に教えてもらいたい、と考えてしまう人が見失ってしまう、大切なものとは、「自主性」です。

私たちは、守護霊に導かれながら、さまざまな経験を通して、自主性を培う学びをしています。

答えだけを、苦労も努力もせずに先に知りたい、という依存心は、自主性とは対極にあるものです。

たましいが成熟している人は、「自分で決断してこその、自分の人生」であることを、ごく自然に「知って」います。知識ではなく、感性で理解しているものです。

自分の人生を、自分の手で作り上げていく、という気持ちをしっかりと持っていけば、迷い悩んだとしても、最終的な決断は自分で下せます。

どちらか一方だけが正解、というわけではなく、どんな選択にも、その先に、ふさわしい道は作られていくものだという理解もまた、決断の勇気を後押ししてくれるものとなるでしょう。

守護霊の存在は、あくまでもサポートであり、自分の人生という舞台の主役は、自分以外にない、ということを、忘れないようにしましょう。

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