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2010年10月27日 (水)

「自信がない」という言葉に隠されているのは、人の目を気にする気持ち。

「自信がないので、○○ができない」というご相談は多いです。○○には、実にいろいろな単語が入ります。恋愛ができない、とか、意見を主張できない、などの具体的な要素の場合もあれば、前に進めない、変わることができないなど、自分の生き方や考え方そのものにかかわる場合もあります。

「自信がない」、というのは、本来は、自分の考えや行動その他を、信頼することができない、という意味だと思われます。けれど、この言葉を使って「できない」としている要素は、本当に、自分を信頼していないことが、「できない」原因でしょうか。

多くの場合は、その裏側に、「(失敗して)人から低く見られたくない」とか「バカにされたら辛い」などの、自分ではなく「相手を基準とした」気持ちがあるように思います。

もちろん、人の目が気になる気持ちはわかります。それは誰の中にもある感情で・・・、それらが正しくない、という意味ではありません。

ただ、この場合で考えなければならないのは、自分が「○○できない」理由には、人の目が気になる気持ちも含まれており、自分を信頼できないためではない、という事実を、認識することなのです。

やりたいことに対して、自分の実力が足りないように思うから、どうしようか、と迷っている場合には、「自信がない」と考えられます。ならば、その後に取れる行動として、実力を磨くとか、または諦めて別の道を探すとか、もっと別の選択肢もあるかもしれませんが、とにかく、何らかの「次にするべきこと」「解決に繋がりそうな行動」は、見えてくるものです。

けれど、人の目が気になって行動ができないことを、「私は、自信がないので行動できない。どうすればいいのか」と考えても、答えは出にくいでしょう。理由を「置き換えて」しまっているからです。

この場合なら、「人の目を、過剰に気にしてしまう気持ち」に焦点を当てて取り組む必要があるところを、「自信がないので出来ない」と思いこんでしまえば、「では、どうすれば自信がつくのか」という方向に解決策を探してしまいます。

けれど、右に存在しないものを、右に探しに行っても見つかりません。「だから」思考が堂々巡りになって、いつまでも同じことで悩んでしまうのではないでしょうか。

人の目を気にする気持ちが、過剰になったら自分が苦しむとはいえ、その気持ち自体が悪いものだ、ということではありません。問題なのは、その気持ちを認めず、「自信がないから」という、一見もっともらしい言葉に置き換えてしまうことです。

何が問題なのかといえば、「(認識が違えば)解決策が見つかりにくい」という点です。

また、このことを正しく認識したからと言って、人の目を気にする気持ちが、即座に解消されるわけではありません。それは、また別の話です。けれど、まずは、問題点を置き換えずに、正しく認識することが、解決への一歩目となることは確かです。

さまざまなケースがありますから、すべてが上記に該当するとは限りませんが、・・・しかし、本当に多くの方が、「人の目」を気にしていることと、「自分を信頼できない」ことを、イコールのように考えて、自分で出口を見えにくくしているような気がするのです。

思い当たる方は、じっくりと自分との対話をしてみてください。自分の、未来のために。

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