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2010年9月 3日 (金)

悪気のない行動は、カルマの法則にどう影響するのか。

カルマの法則とは、「自分が種をまいたことが、いつか必ず返ってくる」という、絶対の法則です。良い種をまけば、いつか必ず、良い実りにつながりますし、・・・悪い種をまけば、その逆となります。

では、「悪いことと知っていながら、他者をいじめた場合」と、「本人は特に何も考えずに、他者をいじめた場合」、この二つの場合で、カルマの返り方に差はあるのでしょうか。

まず、どちらの場合でも、自分が引き起こしたことは、自分に返ってくることは変わりありません。意図的であろうと、知らずにやっていようと(それはそれで、問題なのですが;)、必ず何らかの形で、自分に降りかかることは変えられません。

ならば、この二つが、同じ扱いかというと、・・・そうではありません。「想念」はエネルギーとして実体をもち、作用します。目に見える行動や、口に出した言葉だけでなく、想念も、カルマの法則にかかわってきます。

つまり、わかっていながらやっている場合は、「実際に、いじめという行動をした」ことに加えて、「わかっていながら、自己制御ができていない」というカルマも、返ってくることになるでしょうね。・・・でも、知らずにやっている場合でも、「普通、身についているはずの、「いじめはよくない」という感性を身につけていない」という部分で、この先に学ばされることは多いでしょうから、そういう意味では、五十歩百歩かもしれませんが(笑)。

この点は、ごく普通に考えていただければ分かると思います。「新人」と「ベテラン」が同じ事柄の責任をもつ場合、よりキャリアがあって実績のある方が、リーダーシップをとっていくものですよね。

それとおなじで、霊的な法則も、より霊的に進んでいる人が、より責任を負う(よりレベルの高い学びに挑む)可能性を含みます。ベテランになれば、より難しく責任の重い仕事を任されるのと同じ仕組みです。

今回の話は、日常生活の学びで、「私は、スピリチュアルに考えると、本当はこのようしなければならないと分かっているが、実際には、なかなか出来ない」という場合とは、分けて考えてください。日常で、スピリチュアルな法則をすべて実践できたら、神様だと思います。自分ではそうしたいという意思があっても、生活上の事情が許さないことも、あるでしょう。それで、いいのです。

今回のいじめという例は、どう考えても「明らかに間違った行為;」なので、「明らかに、悪い種まき;」とカウントされますよ、という前提での話です。そのことと、日常における内的な学びとを同列に考えてしまうと、逆に、混乱が生じます。

日常のグレーゾーン(笑)については、少しずつ、時間をかけて、白に近づけていくことです。どんなことでも、時間がかかります。「自分のペース」以上に、早く進むことはできませんから。

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