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2010年9月30日 (木)

人間関係の問題点は、「関係」の中にある。

人間関係に不調和があるとき、「相手が悪い」と、相手にすべての原因があるかのように考えることは正しくありません。

自分がしたことが自分に返ってくるという「カルマの法則」と、自分と同じものが引き寄せられるという「波長の法則」がある以上、自分にも原因があります。

けれど、「自分が悪い」と、(反省する気持ちは素晴らしいけれど)、何もかもが自分「だけ」で起こっているという解釈もまた、正しいとは言えません。

物事は、自分の都合だけで起こっているわけではないので、自分にも相手にも原因はある、という前提で、自分の観点からみれば自分にそうなる原因がある、という表現を、とても短くした言葉が、「すべて自分」です。

この解釈を、理屈の上では理解していても、それでも、「きっかけとなっているのは相手の存在や行動なのに」、という気持ちがあって、納得ができないこともあると思います。今回は、その点の説明をしていきます。

人間関係の問題点は、双方の「存在そのもの」の中にあるのではなく、「関係間」にあるのです。ですから「相手(が悪い)」か、「自分(が悪い)か、という、○×では本来、理解することが難しく、「相手と、自分の関係間」に、問題点は見えてくるのです。

たとえば、とても勝手な性格のご主人に、奥様が困っているか怒っているとします。通常、ケンカのたびに、「あんな性格の主人が悪い。彼に原因がある」と、つい考えてしまうものだと思います。

そして、波長の法則、カルマの法則を考えたときに、そのような相手を引き寄せた自分にも原因はある、という考え方に至っても、相手の性格は歴然として存在するので・・・、自分の理解とは別の部分で、納得がいかないところもあると思うのです。

「仮に、自分が今のままと同じ性格でも、相手の性格が違えば、こんな気持ちにはならないはずなのに・・・。なのに、自分に揉め事の原因があるというのは、建前の理屈ではないか」と、考えてしまうのではないでしょうか。

実は、それこそまさに、真理なのです(笑)。

そのとおり、相手の性格が違ったものであれば、今と同じ問題は起こらないのです。それこそ、問題が「関係間において作られる」ことを表わしています。

たとえば、「とても能天気でこだわらない性格の、友人A子が、ご主人と結婚していたら・・・」と、考えてみてください。

「もしも、A子なら・・・、細かいことは気にしないので、主人が勝手でだらしないことには、怒ったりはしないかも。むしろ、主人のほうが怒るかもしれない。・・・でも、A子は、金銭感覚が適当なので、あの主人との組み合わせでは、いつも金銭問題で、揉めることになるかもしれないなぁ・・・」などと、自分とは違う問題を抱えるであろう、A子さんとご主人の間柄が、想像できますよね。

つまり、「主人がだらしない」「主人が勝手すぎる」という問題は、「自分と主人の関係間において、起こっている問題」なのです。・・・さらにいえば、その問題を、自分の側からみた場合、ですよね。ご主人にはご主人の言い分があると思うので。

上記の例のように、相手が代わって「主人と、A子」となったら、自分と同じ問題は起こらず、別の問題が浮上します。

このように考えれば、どちらが悪い、相手が悪いという次元を超えて、「組合せが、問題点を作っている」のが分かると思います。人間関係というのは、多面である人間の、どの側面がクローズアップされるか、という関係でもあるのです。

自分にも原因がある、というのは、「相手には責任がない」という意味でもなければ、「自分がすべて悪い」という意味でもないのです。問題点をクローズアップさせている「関係間の役割の半分は、自分が担っている」という意味です。

このように考えれば、少し、納得ができるのではないでしょうか。

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