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2010年8月 4日 (水)

嫌いな相手との付き合い方。

人間関係の悩みは、多かれ少なかれ、誰もが抱えているものだと思います。何とかして相手を排除したいとか、相手が自分の思うように変わってくれる方法はないものか、と考えてしまいますが、残念ながら、相手を自分の思い通りに動かすことは不可能です。

そうとわかると、今度は、何とかして相手を好きにならなくては、とか、相手を嫌っている自分を変えようと考える人は多いのですが、・・・確かに、そうできたら理想的ですが、嫌いな相手を好きになるのは、とても難しいことですよね。

現実的な考え方として、「嫌いな相手を、好きになる」のは難しいです。それよりも、「無理に好きにならなくてもいい」という前提で考えてみてはどうでしょうか。

この世を生きていく以上、人付き合いそのものは避けて通れず、それぞれ独自の性質がある以上、お互いに、「合う、合わない」という差異は生まれてしまうものです。

まずは、その点をきちんと認識すること、「同じにならなくて当然」という考え方を持っていくことが大切です。それでも、相手に不愉快な感情が出てきて、イライラが募りストレスになるならば、今度は、相手との距離感を見直してみてください。今よりも少し距離をとることが可能ならば、そうしたほうがいいでしょう。嫌いな相手と常に一緒にいて、イライラするなら、(出来るなら)距離をとっていくほうが、ストレスがなくなります。

それも難しければ、その関係性に、何かの意義を見いだしていくことです。この世はすべて必然であり、無駄なことは何一つないのだから、「嫌いな相手と、距離をとることが難しい関係」におかれているなら、その出来事にも、必要な学びが含まれている、ということです。「これも、学びなんだな」と気持ちを切り替えて、「ならば、この関係と状況から、自分が学ぶことは何だろう?」と、見出していくことです。

そうすれば、相手を好きにはなれなくても、・・・少なくとも、自分自身の納得には繋がっていくでしょう。そうして、好き嫌いという感情を超えた理解に至り、学びだという考え方で物事を見られるようになれば、特定の相手を嫌いという感情も薄れていく場合も多いものです。

私の場合は、今までたくさんの人と出会った中で、まったく分かり合えないくらいの、嫌な人は、一人もいなかったと感じます。嫌いだと思う相手でも、また別の部分では、見習うべき部分もあったと思いますし、分かり合える部分もきっとあったと思います。

そう考えると、人の好き嫌いというのは、自分のこだわりの強さに比例している気がします。こだわりが強いと、自分の価値観という枠からはみ出す相手に、嫌いという感情が生まれるように思います。

でも、よくよく考えると、相手が「自分の枠にはまらないから、ダメだ」という考え方は、かなり自己中心的ですよね(笑)。仮に自分が誰かにそう言われたら、「大きなお世話だ!」と思うハズなのに、自分はしたくないけど相手には求めるというのも、おかしな話です。

私は、スピリチュアリズムを学んでから、人の好き嫌いは以前よりもずっと穏やかになりました。嫌いな人が、ほとんどいなくなりましたね。でもそれは、「すべての人が好き」というわけではありません。好きな人と、そうではない人の差は、もちろんあります(笑)。

でも、・・・そんなの、関係ないんですよね。好きであろうとなかろうと、結局は、「自分が、相手を好きか嫌いかという点に、こだわらなければいいだけ」の話です。

記事のタイトルを、「嫌いな相手との「付き合い方」」と書いたけれど、「考え方」ですよね、自分自身の考え方、受け止め方という、内的な部分なのだと思います。

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