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2010年8月 2日 (月)

二択や三択を超えた、具体的な解釈を。

物事を検討する際に、○か×か、白か黒か、イエスかノーか、のような、極端な定義付けをして、思考の範囲をせまくすることのないよう、注意していく必要があります。

霊的な(スピリチュアルな)解釈というのは、包括的な視野で、物質的な結果だけにとらわれずに、長い目でみた成長も含めて考えていくことです。つまり、○か×か、のような、極端な二択の考え方というのは、・・・霊的の逆ですから、物質的、現世的な解釈の仕方だと言えます(それが悪いという意味ではありません)。

また、白か黒か、イエスかノーか、のような極端な考え方をしないほうがいいからといって、「どちらでもない」という、消極的な選択肢をとることも、五十歩百歩であまり変わらない考え方になりますので、気をつけなければなりません。

イエスかノーかという二択は極端なので、その間に無数に存在するであろう、さまざまな方法やらタイミングやらを踏まえて、出来ることを見出していきましょう、という考え方の提示に対して、それらすべてをひとまとめに「どちらでもない」にしてしまったら、二択が三択になっただけで(笑)、あまり変わらないですよね。もっと言えば、「イエスかノーかを選ぶ」「イエスでもノーでもない(どちらでもない)」という、やはり二択にしかなっていないようにも思います。

両極端な選択肢の、どちらにも該当しない事柄とは、「どんな内容なのか」という詳細を、きちんと認識していくことが大切です。

こういうことって、どうやって考えたらいいのか分からない、という方が多いのですが、「誰かに言葉で説明できるくらいに、文章化すること」を、まずは目安にしてみてください。自分の内的な部分だから、実際には、人に説明する場面はないとしても、もしそうするとしたら、相手に意図がきちんと伝わる説明ができるくらいに、頭の中で、自分の意見を確立するようなつもりで、考えてみてください。

そう考えてみると、「どちらでもない」という意見では、何も伝わらないと分かりますよね。そして、自分の中でも何も明確にならず、・・・相手どころか自分にも伝わらないのです。その結果として、「考えても、分からない」という状況が出来上がってしまうのですね。

「自分がどうしたいのか、分からない」、「どうやって考えていいのか分からない」という方はとても多いので、そのための思考のヒントのひとつとして、参考にしていただくために、書いてみました。

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