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2010年8月12日 (木)

自分が見ている相手の姿には、思い込みが投影される。

家の近くで、よく見かける猫がいます。青い目をしていて、毛並みもよく、太っているので、どこかのお宅の飼い猫であることは確かです。いつも同じ場所で、お昼寝をしています。雨の日以外は、ほぼ毎日見かけます。

私は、心の中で、その猫を「カトリーヌ」と名付けていました(笑)。なんとなく、青い目が、外人さん風に思えたので。

カトリーヌは、外見は美猫ですが、性格的には、あまり可愛げがあるタイプではありません。が、毎日のように同じ場所で寝ているので、「今日も、カトリーヌが来てるな」、「今日は雨だから、来ていない」と、つい気になって確認してしまいます。

ある日、年配の女性が、カトリーヌを迎えにきていて、「おいで、シロちゃん」と、呼びかけているのを耳にしました。カトリーヌの本名は、「シロ」でした。・・・カトリーヌは、白くないし・・・っていうか、それ、犬の名前じゃ?と、思ったことや、それなら、むしろ黒い猫の名前がミケのほうが、まだ猫っぽい、と思ったことはさておき;、あの猫の名前が「シロ」であることが判明しました。

私は、カトリーヌと呼んでいたあの猫が、実際には「カトリーヌではない」ことを、最初から知っています。ですから、シロという名前を知ったところで、「あら、そうなの」としか、思いませんでした。ネーミングセンスには、ひとこと言いたい気持ちはあるものの;、私からすれば、「私が、一方的に見ていた猫」ですから、私が見ていた姿とは別の、あの猫の世界があるのは当然です。

ここからが本題になりますが、人間関係で、「あの人にだまされた!」とか、「あんな人だと、思わなかった!」などと、相手を責めたくなるトラブルの多くは、相手に自分の思い込みや願望を投影して、「相手を、自分の思った通りの人物に違いない」と、決めつけていることから、生じているように思えます。

自分の思いは自分の領域のもの(相手には無関係)であり、自分の感性というバイアスもかかりますから相手のすべてを把握しているとは限らないのに、自分の思った通りではない相手が悪い、というのは、まるで、あの猫をカトリーヌだと思いこむようなもの、だと思います。シロという名前が判明したところで、大ショックを受けて、「ひどい!カトリーヌだと思っていたのに!」と、あまりに理不尽な文句をつけているのと同じにならないでしょうか。

特に、相手に好意を抱いている場合は、自分の目がくもってしまうこともありますし、もしくは、本当の姿を知っていても、自分が思い込みたいように、わざと曲解して、自分をごまかしてしまうこともあると思います。例えば、飼い主が「シロ」と呼んでいる場面を見たのに、「あの女性は、私と同じように、あの猫に適当な名前をつけて呼んでいるだけよね、きっと」などと(笑)、とても無理矢理な解釈をして、決定的な事実から目をそらそうとしたり・・・。

自分が見ている相手の姿とその評価は、あくまで「自分がそう見ている」だけであり、相手そのものではない可能性も高いのです。自分が掛けている眼鏡が黄色いために、相手が黄色く見えてしまうこともありますし、黄色だと思いたい場合もありますから、何でも相手のせいにすることなく、よくよく自分自身を省みることが大切だと思います。

それぞれ言い分があるでしょうし、ものを言わない猫と違い、人間の場合には、相手の側も大きく見せたり偽ったりするケースもあるかもしれませんが、それでも、たとえば飼い主が「シロ」と呼んでいる場面をみたら、もう「シロ」だと認めるしかないですし、そこを怒りにまかせて、「カトリーヌじゃないんですか!」なんて、怒りをぶつけるような真似は、大人の取るべき態度ではないように思います。

いろいろなケースがありますから、一概にはまとめられませんが・・・、自分の過剰な思い込みが原因であっても、相手が偽っていたとしても、どちらにしても「自分の見込み違い」が明白になった時点で、事実を受け入れるという姿勢が大切だと思います。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

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