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2010年7月30日 (金)

「取り掛かるまでが、長い」人が多い。

仕事や作業がとても手早い人と、とても時間が掛かる人がいます。この差が生まれる理由は、それぞれの向き不向きや、作業能力の差・・・であるかのように思われがちですが、(もちろん能力の差も関係はしますが)、「作業に取り掛かるまでの時間の長さ」が、一番の違いように思います。

作業が遅い人は、まず「そのことに取り掛かるまでが、長い」のです。きっちりと予定を立てたり、理解を深めてから始めたいのかもしれませんが、なかなか「始めない」のですね、そうなればおのずと、終了も遠のきます。

作業が早い人は、大枠の見通しを立てたら、あとは、「やりながら考えていく」ので、すぐに取り掛かります。そして、作業の途中で不明点が出てきたら、「そのときに、考える」のです。実際に作業をしていくことと、どのように作業を進めるかを考えること、この二つを同時に、「やりながら」行うので、終了も早いですし、作業スピードも効率がいいのです。

どんな物事も、そうそうスムーズには進まないものです。どこかで不具合が発覚したり、足りないものがあったり、方向性そのものを見直さなければならないこともあります。しかし、それらは、「事前」には、なかなか見えてこないものです。頭の中で考えたことと、現実は同じではありませんから、その道のスペシャリストが立てた予定であっても、「やってみたら、不具合がでる」ことは、日常茶飯事です。

人には個性がある以上、特定の作業における適性の差があるのは仕方がありません。けれど、その部分をのぞいても、「取り掛かるまでが遅い」ことや、「事前にすべて把握しないと不安」なことなどが、その差を大きなものにしてしまうものではないでしょうか。

こういうタイプの方は、仕事上で問題を抱え、「上司が、きちんと指示を出してくれないし、聞いても教えてくれない」などと不満を持つことがあります。けれど、作業指示を出す上司にしても、やってみないと見えてこない部分はあるし、やってみて不具合がでたらそこで改善すればいいと思っているから、事前にあまり詳細には見通しを立てていない場合もあるでしょう。それなのに、取り掛かる前から、細かいことまで、「たら」「れば」で質問されても、明確な答えを出せるわけがありません。

こういうケースは、どちらが悪いという次元ではなく、「取り掛かる前に答えがあるという前提で、予定を詰めたい人」と、「取り掛かってみなければ、問題は見えてこない」と考えている人の、意識の差でしかないのですが、特に女性は、感情論にすり替えてしまうので、本当に見つめるべき問題点が見えてこない場合もでてきます。

「やってみて、はじめて分かることがある」「やってみなければ、問題点が見えてこないこともある」と、分かった上で臨めば、完全を求めて慎重になりすぎ、動けなくなるケースを減らすことができのではないでしょうか。仕事が手早い人でも、事前にすべてを把握しているから動けるのではなく、「動いてから、把握しよう」という考え方の違いがあるだけなのです。

「考え方」と「実行の仕方」でしかないことを、(自分の作業スピードが遅いことが)能力の差があると思って、何とかして能力の差を、慎重さで埋めようとして、逆の結果が出てしまっている人が多いと感じます。その気持ちは十分に分かるのだけれど・・・、実際には、作業の差や、能力の差よりも、要領の差がついていることが多いのです。

同じ人間のやることで、それほど能力の大きな差は生まれないものだと思います(専門分野においては多少話は違ってきますが)。真面目な人ほど、この考え違いをして、出口が見えなくなっているケースは多いと感じます。

でも、慎重に計画することで、ミスを防げることもあるじゃないか、と、思う人もいるかもしれません。確かに、そういうこともあるでしょう。けれど、それは、「事前にきちんと詰めていくことで、ミスを防げることもあるので、そういう視点も忘れないようにしよう」と思いながら、取り掛かっていけば済む話であり、そのことを「取り掛からない理由」にするのはおかしいですよね。

というよりも、どちらが素晴らしいか、という優劣を言っているのではなく、どちらも大切であり必要であるという前提の上での、意識の優先順を入れ違えないようにしましょう、という話です。

ですから、何でもとにかくやってみるのがいいと勧めているわけではありません。同様に、作業が遅いのが悪いということでもありません。それこそ、個性の差であり、良いも悪いもありません。得意なこともあれば、苦手なこともあるのは当たり前だからです。

けれど、すでに目の前に、「自分がやらなければならない仕事や作業がある」場合、特に仕事上では、自分のペースだけで動いていくことはできませんので、事前の検討や理解を綿密に考えすぎるよりは、そのことをどう進めていくか、という観点で、「取り掛かる方法」を考えていき、実行すべきだと思います。

改善や再検討は、そのことをやりながらでも可能ですし、むしろ途中までやってみないと、不具合も分からないことも多いので、あまり不安になりすぎず、チャレンジの気持ちで、取り組んでみてはどうでしょうか。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

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