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2010年6月10日 (木)

まいた種が、思った通りの形で実るとは限らない。

「カルマの法則」というのは、「まいた種が、実る」ように、自分のしたことが、良くも悪くもすべて自分に返ってくる、という、真理の仕組みです。

どんなことも、自分が過去のどこかで原因を作っているわけで、カルマの法則という真理がある以上、まかない種が実ることはありません。

望む未来のためや、自分の成長のために、「種をまく」ことは不可欠ではありますが、だからといって、何でもやたらめったらに、種まきさえすれば、収穫に繋がるとも限りません。

なぜなら、種をまくにふさわしい「土壌」というものがあります。向き不向きの差、個性の違いを無視して、好きな種をまいても、・・・順調に育つかどうかはわかりません。

自分の個性を無視して、種をまいたつもりになっても、それもまたカルマの法則により、「自分の身の丈に合わないことをしている」という原因を作れば、その原因に見合った結果につながるわけで、ふさわしくない種まきに執着しても、望む結果にはならない、という仕組みもまた道理、です。

北海道は、じゃがいもの産地として有名ですが、じゃがいもは、寒暖の差がつくとでんぷんを蓄える性質があるので、北海道の気候が合っているので、味の良いものが収穫できます。ふさわしい土壌に、ふさわしい種をまけば、一番分かりやすい形で結果に繋がります。

一方、北海道の米は、長らく「美味しくない」と言われ続け;、20年くらい前に「きらら397」というブランド米が出るまで、不遇の時代がありました。寒くて乾燥している気候が、米にはあまり合わないためでしょうね。向き、不向きは、どんなものにも存在します。

しかし、種まきをしてすぐには芽がでなくても、諦めずに努力を続けていけば、大輪の花が咲くこともあります。「きらら397」は、長年の研究と努力が実り、一般の家庭の食卓に並ぶことは少なかったかもしれませんが、味のわりに値段が安いことも手伝い、外食産業向けとして人気となり、後発の北海道米ブランドに繋がっていきました。土壌に合わぬ種にも、諦めることなく、果敢に取り組み続けて改良を重ねていくことで成果につながったのだと思います。

土壌と種がぴったり合っていようとも、育てる労力を惜しめば、花開かず終わることもありますし、何がどう影響して、どんな結果になるかは、予測することはできても、事前には把握することはできません。

自分の資質と、自分を取り巻く状況、その後の生育に費やす時間その他も考えながら、どこにどんな種をまくのかを決め、そして育てていくための努力を続け、仮に思った通りにならない場合のリスクも含めて、すべてを自己責任として引き受けていく・・・、それが、「自分で、自分の人生をクリエイトしていく」ということだと思います。

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