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2010年6月29日 (火)

すべての出会いは、「縁」あればこそ。

この世で起こるすべては「必然」で起こりますから、人との出会いも、「必然」です。意味なく出会うことはありません。あなたの目の前にいる人も、昨日初めてあいさつをした人も、もう二度と会うことがなさそうなあの人も、すべては「縁」があるから関係がつくられています。

人との縁についてのご相談もはたくさんいただきますが、だいたい、以下の2つに分類されます。

今、好きな人がいて、その彼と自分は縁があるかを知りたい、というものと、もうひとつは、忘れられない過去の相手と出会ったのは縁があるから出会ったのだろうか?というものです。

どちらにしても、「何らかの縁があるからこそ、出会いが起こる」ので、答えは同じなのですが、ケース別に分かりやすく書いてみたいと思います。

1)好きな相手と自分は、縁があるだろうか、という質問について。

「出会う」「知り合う」という関係がつくられる時点で、何らかの縁はあると言えます。けれど、未来というのは、これから自分が作り上げていくものであり、あらかじめ決まった「ただ一人の運命の相手」がいるわけではありません。

深い縁もあれば、浅い縁もあります。どちらになるかは、自分しだいです。決まった筋書きを生きるわけではない以上、深い縁に発展させていきたいならば、自分が行動を起こすことが大切です。

ただし、「自分しだい」といっても、自分がその気になれば何でも思い通りになるという意味ではありません。相手のあることですから・・・、相手もその気になってくれなければ、縁は深まりませんよね。それぞれに個別のカルマという学びの要素がある以上、好きという「感情」だけでは事態は展開しないこともあります。

2)いまだに忘れられない昔の彼や、過去に好きだった人とは、縁があるから出会ったのか、という質問

縁にも、薄い縁もあれば、強い影響を与えあう深い縁もあります。いまだに忘れられないくらいの印象があるならば、それは「深い縁」があったと言えるでしょう。

けれど、誤解していただきたくないのは、その人との出会いを「深い縁」へと、結び付けたのは過去の自分の行動であり、あらかじめ決まった深い縁が存在していた・・・という解釈の仕方は、しないほうがいいのです。

スピリチュアルな観点から言えば、前世で深い縁が合った人とは、やはり今回の人生でも深い縁がつくられる傾向は確かにありますが、だからといって、「決まった筋書きを演じたわけではない」のです。傾向はあくまで傾向、実際にその行動をとったのは、今回の人生を生きている自分自身にほかなりません。

「人の縁」は、偶然ではなく必然ですが、それは、「そうなる意味があって、起こる」ということであって、あらかじめ決まった筋書きが用意されている、という意味ではないのです。

すべての出会いは、深い関係も浅良関係も「縁」があるからこそ、作られます。特定の出来事のみを抜き出して考えるのではなく、すべてに当てはめて解釈することが大切です。

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