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2010年6月 2日 (水)

カルマの法則とは、幾つもの人生(転生)を通して作用する法則。

自分のしたことが、すべて自分に返ってくるという、「カルマの法則」は、この世のすべての出来事に該当します。

一見、理不尽に思えることも、突発的な災難に遭遇したように思えても、「そうなる原因」が何もないところに、「結果」のみが発生することはありません。

カルマの法則は、「たましいの観点」から、幾つもの人生(転生)を通して作用しますから、今回の人生だけで、計ろうとしても、理解は難しい場合もあるでしょう。

「幾つもの人生(転生)を通して、作用する」、それは言い換えれば、「今回の人生という枠内のみで、作用するものではない(可能性もある)」ということです。

過去の人生からの、さまざまな行為の積み重ねの総称が「カルマ」という言葉なので、特定のひとつかふたつの、それも苦難を伴う出来事のみを「これは、カルマ」とか「カルマが返ってきてバチがあたった」などと、とらえることは、正しい理解ではありません。

自分が、積み重ねた要素、たくさんの「まいた種」が、いつか必要なときに、私たちのゆく道に実っていくことになっています。たまたま、意味なく、物事が起こるわけでえはなく、すべて、何らかの意味が含まれている必然です。

自分のまいた種が成長して、「豊かな実り」となって、私たちのゆく道に喜びをもたらすこともあるでしょう。そして、逆に、苦痛を伴って「望まないものを、自ら刈り取る」出来事に遭遇してしまうことも、あるでしょう。

どちらもすべて、「まいた種が、実る」という、とてもシンプルな仕組みであって、それがいいか悪いかは、簡単には言えませんし・・・、嬉しいとか苦しいとかの価値観も、私たちの人間的な「感情論」でしかなく、霊的な観点からみれば、すべて「成長に繋がっている」出来事です。

毎日、世の中では、実にさまざまなことが起こり・・・、中には、あまりに理不尽で、「これは、自分のまいた種が実った」という理解では、気の毒すぎるのでは・・・?と、思われることも、きっとあるでしょう。

けれど、痛い目を見たら不幸で、毎日面白おかしく暮らしていければ幸せ、と感じるのは、私たちの「人間的な感情論」であり、霊的な価値観からすれば、苦難が少ないのが幸せだとは限りません。

もちろん、苦難がすべて素晴らしいというわけでもありません。自分がしたことが、悪い形で実って痛い目にあい、改善を促される意味で、「学ばされる」ケースもあるからです。

霊的な価値観、霊的な法則を理解するためには、出来事の表面的解釈にとどまらず、すべてにひとしく含まれる真理を見出し、「包括してとらえていく」感性が必要です。

この、絶対的な法則があるからこそ、私たちは理性で、スピリチュアリズムを学ぶことができます。動かしようのない、確かなもの、誰にももれなく当てはまる真理の法則の下で、私たちは、自らの意思で、「今回の人生というステージ」を使って、経験を積んでいるのです。

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