« まずは、自分の内的な部分を分析してみる。 | トップページ | 見たくないのは、「光」か、「闇」か。 »

2010年3月13日 (土)

物騒なココロの叫び?が、聞こえたときの話( ̄_ ̄)。

霊の声などを、音声で聞く力を、霊聴(れいちょう)力と言います。

霊視力を備えている人は(程度の差はあるにしろ)たくさんいると思いますが、その人数から比較すると、優れた霊聴力を備えている人は、ごく少数だと思われます。

私自身も、霊聴はあまり得意ではありません;。・・・というか、霊視もあまり得意ではありませんが(笑)。

以前、会社員だったころ、通勤路に女子高があり、毎朝、高校生の集団とすれ違っていました。私は駅に向かい、高校生は駅から高校に向かって歩く形となります。

あるとき、すれ違いざまに、“ころしてやるっ”という、かなり物騒な心の声( ̄_ ̄;)が、聞こえたことがあります。通常の肉声を耳で聞いているのか、霊聴なのかというのは、瞬時には分からない(こともある)ので・・・、そして、朝なので、私もぼーっとしていたところに聞こえてしまったので、しかも、切羽詰まったような叫びだったので・・・、えぇっ?と、振り返りそうになりました。

・・・しかし、次の瞬間、すれ違った会社員風の男性から、“うーん、どうしようかなぁ・・・”という、これまた心の声らしきものが聞こえて・・・、そこでやっと、私の霊的聴覚が開きっぱなしになっているだけなのだと、分かりました(笑)。

びっくりしたけれど、“ころしてやるっ”という物騒な声が、高校生本人の肉声ではないことに、ほっとした気持ちにもなりましたね。朝っぱらから、そんなセリフを口にするなんて、どんな修羅場ですか?という話なので・・・。

これは、4年くらい前、私がスピリチュアルな訓練を開始してまもなくの話です。当時は、私も、まだ何も分かっていないし、きちんと練習もできていなかった(と、今振り返れば思う;)ので・・・、私の波長が低かった( ̄w ̄*)のだと思います。

だから、“ころしてやる”という「怒り」や、“どうしよう”という「心配」などの、ネガティブモードなココロの声だけが、聞こえたのかもしれません。

|

« まずは、自分の内的な部分を分析してみる。 | トップページ | 見たくないのは、「光」か、「闇」か。 »

15.日記、雑記、ひとりごと」カテゴリの記事