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2010年3月19日 (金)

応用力を磨けば、学びの要素はどこにでもある。

「学びの機会」「学びの要素」と、言葉にすると、そのことに特化した機会やカリキュラムを思い浮かべてしまいますが、実際は、日常のどこにでも、自分がその気になれば、見つけることができます。

見つけようという能動的な意欲を持てば、その分、たくさん見つけることができます。もしくは、特に意識はしていなくても、全般的な感性が高い方は、さまざまなものをキャッチする網目が発達していますから、想像力と応用力によって、普段の生活の中から、ごく自然に気づきを得て、自分のものにすることができます。

逆に、意欲はあっても、「学びの要素がやってこないかな~」と、受身になっていては、なかなか、気づくことはできないでしょう。新たにやってくるものには気づけても、既にあるものの中に見出していくのは、受身になっていては難しいものです。

また、応用力や想像力によって、自分に当てはまるように「活かしていく」気持ちがあれば、どんなことも学びとなりますが、そういう感性が薄ければ、ズバリ当てはまるもの以外を意識の外へと排除してしまい、気づきの範囲がとてもせまくなるでしょう。

このブログは、多くの方に、「読みやすい」と言っていただいています。それは、偶然にそうなっているのではなく、私は、意図的に「読みやすいように、書いている」のです。

ある時、新聞で、「小学生が壁新聞を作るために、新聞社のOBに文章のコツを教わりにいく」という企画を読みました。OBの方は、新聞の場合、個別の記事の見出しと、文章の最初の1~2行に、記事全体の集約を載せて、何が書いてあるのかを冒頭で明確にするもの、と小学生にアドバイスをしていました。

私は、その企画を読んで、「( ̄A ̄)あ、そうすれば読みやすいのか」と、とても納得しまして、自分のブログの書き方に、一部取り入れてみました。「タイトルを見れば、記事の内容が分かる」ことと、「最初に全文の内容を簡単を要約した文章を載せ、その後に説明を加える」ことを、定型にするようにしました。

このブログのほとんどの記事は、記事タイトル「○○について」、内容「○○については、××です。なぜならば・・・」というスタイルで書くようにしています。

文章のまとめ方は、どんなスタイルがふさわしいかはケースバイケースだと思いますが、私は、コラム的な文章は、このような書き方が、分かりやすいのと、いつも同じスタイルで構成すると、一定のリズムが生まれるので、「読みなれると、読みやすくなる」効果も生まれると思ったのですね。

小説のような長い文章で、結末がどうなるかドキドキしたいものは、起承転結がふさわしいと思いますし、コラム形式でも、プロが書く文章ならば、きちんと順番に起承転結が並んでいくスタイルもよいのかもしれませんが、私のようなシロートが書いた文章で、しかも取り上げている対象が、目に見えないものというとても抽象的なものというおまけ付きですから;、私は、「分かりやすさ」「読みやすいリズム」を優先して、結論から述べるようにしてみたのです。

以前からずっとお読み下さっている方は、ご存知のとおり、このブログは、一度リニューアルをしています。いろいろな理由がありましたが、そのうちのひとつは、上記の新聞企画を読んで、過去の文章(の書き方)を直したくなったからです。

この気づきは、私が「応用して、活用した」わけです。まず、あのとき、新聞を読むという行動をとったこと、そして、自分のブログに活かそうと考えたこと、そして実際に、過去のブログ記事をリニューアルしたこと・・・、それらの「実際の行動」があってこそ、身についていくようになるのだと思います。

新聞の片隅の小さな企画は、私に大きな気づきと学びを与えてくれました。そのように、日常の、ふと目にした文章、誰かの言葉、たくさんの出来事や出会いの中にも、きっといくらでも、学びの要素が含まれていて、あとはそのことに、自分が目を向けるかどうか、だと思います。

直接的には結び付かない事柄でも、応用を利かせれば活用できます。そして活用するためには、「活用できる場がある(作る)」「そのために行動する」ことが大切です。活かす場を、誰かが与えてくれるのを待っているよりも、自分でつかみ取るか、作り上げるくらいの気持ちでいくと、日常の中に、たくさんの学びが見つかっていきます。

私の話に戻りますが、新聞の企画を読んで、ピンと来たからといって、そうすぐには活用できるものではありませんよね。何故私が、すぐに活用できたかというと・・・、以前の会社員時代に、会議用の資料を作る機会が数多くありました。そのとき、上司が、「社内向けの資料だから、(プレゼンなどのように、相手の説得や共感などを考慮する必要がないので)、結論から先に、分かりやすく作って」と、よく言っていたのですね。

そして、その通りに作っていましたから、私にとって、「結論から先に述べる文章構成で書く」ことは、過去に経験済みのことでした。ですから、新聞の企画は、新たな気づきを得たというよりも、自分の中にある応用できる要素に気づかせてもらった、という感じです。

無駄な経験はひとつもなく、眠らせてしまっているものがあるとすれば、それは、自分が活用しようとしていないという「自分のせい」なのだな・・・と、私は、このことからも、学びを得ました。

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