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2010年3月24日 (水)

「我慢や忍耐が目的」になってしまわないように。

人には独自性がありますから、それぞれ、得意なことと苦手なことがあります。

苦手なことも、自分の人生に関わってくるものや出来事は、すべて「自分のためになる学び」ではありますが・・・、だからといって、とても大きな我慢をしてまで、無理に取り組まなければいけないものでもない、と思います;。

一口に苦手分野といっても、努力で何とかなる範囲と、そうではない範囲があります。たとえば私自身は、応用力を活かすことができないルーティンワークは苦手です。あと、スポーツも苦手です。ルーティンは、苦手というのは気分の問題であり、やろうと思えば対応はできます。しかし、スポーツは、どうやっても出来ません;。それは、学びがどうとか言うよりも、適性の問題、向き不向きの問題になるでしょう;。

苦手でも、自分が好きだからとか、楽しいからという理由で取り組むのはいいでしょう。しかし、苦しいのに、そして資質的に向いていないのに、また、どうしてもそれをしなければいけない理由もないのに、わざわざ取り組んで苦痛を覚えるのは、大変に効率の悪い回り道を、意図的に行っているようなものではないでしょうか。

人生に必要不可欠な学びとしての苦難は、どうやっても避けられないように、向き合わされるものです。仕事や家事なら、最低限こなしていくラインというものが存在しますから、向き不向きを言っていられない部分はあるでしょう。

しかし、どうしても・・・というわけでもない苦難を、前面に押し出して取り組む行動は、・・・実は、「本当にやるべきことから逃避したい気持ち」が隠されている場合も多いのです。

苦手だからと何でも避けていいわけではありませんし、必要な学びには取り組む意欲は大切ですが、ただやみくもに、何でも忍耐さえすればいい、苦しいものに対峙すれば、それでいい、というものではありません。

苦手なものにも挑む意欲や、そのための努力や忍耐は、どれも素晴らしいものです。しかし、「(目的のための忍耐ではなく)忍耐のための、忍耐」という枠に、とらわれてしまっている方も多いと感じます。

真面目な性格の方ほど、上記のような考え方を、(本人的には無意識に・・・というか、ごく自然な習慣として)行ってしまう傾向がありますので、考え方が偏らないように、注意しながら自己の向上に努めましょう。

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