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2010年3月18日 (木)

怒りは、我慢せずに吐き出すほうがいいのか?

怒りの感情が出てきたとき、その対処法として、「我慢したほうがいい」のか、「外に出したほうがいい(怒りの対象となる相手に、感情をぶつけていい)のか」と、聞かれることがよくあります。

特定の問題について、解決や改善のため行動していくのが、自分を成長させることに繋がります。怒りがわいてきた場合に、「我慢」や「放出」で、解決するのでしょうか。解決するならよいですが、解決しないならば、別の方法をとるべきだと思います。

我慢すれば、相手には被害がないかもしれませんが;、自分がおさまらないでしょう。

しかし、相手にぶつけてしまえば、自分は、ほんの一瞬スッキリするかもしれませんが、相手との人間関係は壊れますし、相手が反撃してくる場合もあるでしょう。

相手が反撃せず、表面的には納得したとしても、心の中では反感をもたれるに決まっています(いかなる理由があろうとも、怒りをぶつけられて、いい気分になる人はいません)。

我慢も、放出も、どちらも、その場限りの「対症療法」です。

例えば、火の手が上がった場合に、自力で消火するか、人の手を借りるか、どちらにしたらよいかと考えることは、その場を収めるための手段であり、出火の原因追究ではありませんよね。いざという時に備えて、消火器を設置するかを考えることも、対策としては有効な手段ですが、やはり原因追究ではありません。

何度も火の手が上がってしまう場合には、「なぜ、そうなるのだろう?」と考え、事前防止の策を講じるなり、大元の原因を見つけて改善なりを試みるでしょう。

それと同じで、怒りを我慢するか否か、の思考のみにとどまらずに、「なぜ、怒りがわくのか」「自分は、何が面白くないのか」を考えて、自分自身の掘り下げをしていくことが大切だと思います。

相手に理不尽な扱いをされて、怒りがわいた場合、「相手にも、自分から怒りをぶつけられても当然となる理由がある。なのに、我慢するのはおかしい」という気持ちは出てくるのは、わかります。それは、そのとおりなのかもしれません。

しかし、仮にそうであっても、とにかく「怒っているのは、自分」です。まずは、その点を認識していかなければなりません。

実際に火が広がっているのに、のんきに「原因は何だろう?」「なぜ、消火器を用意しなかったのかなぁ」なんて考えているわけにもいきませんから、その場の、対処はもちろん大切です。

ですから、わきあがった怒りの気持ちを、どう処理するかについて考えること自体が、悪いとか、見当違いだという意味ではないのです。ただ、その問題の、本当に目を向けるべきところは、別にあることにある、自分自身にあるのだという点を、きちんと認識することが大切です。

「木を見て、森を見ず」にならないよう、怒りがわいてくる理由に焦点をあてて、改善をはかっていく考え方が大切で、「怒りをぶつけていいのか、我慢すべきなのか」という二択の問題ではない、ということです。

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