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2010年3月10日 (水)

相手が悪いのか、それとも自分が悪いのか。

人間関係において、苦難や忍耐を伴う出来事に直面することが、しばしばあります。状況の改善のために、原因を考えてみる過程で、「相手が悪い」のか、「自分が悪い」のか、という考え方にとらわれて抜け出せなくなり、立ち止まってしまう方が多いと感じます。

状況や原因を分析してみるという思考は、素晴らしいものだと思います。しかし、分析の視点があまりに自分本位に傾いては、答えは導き出せなくなります。

すべての出来事は、「自分のまいた種が、自分の行く道に実る」という、カルマの法則と、同じ要素を持つ人や出来事が引き寄せられるという「波長の法則」で成り立っている以上、どちらか一方が100%悪くて、もう一方が100%正しい、という区分けにはならないはずです。

相手が100%悪い(自分はまったく悪くない)、と考えることは、スピリチュアリズムの大原則である、「カルマの法則」に異を唱えることになります;。その出来事の意味するところを、スピリチュアル的に考えるならば、相手がすべて悪い、という選択肢はなくなります。

すべての物事は、ある結果に至るまでに、いくつもの要因が複雑に作用しあって作り上げられますよね。ひとことで言い表わせるものなど、ひとつもなく、この世のすべては、とても複雑で精巧な芸術品のような、「複数の作用と要因からなる、結晶」だと思います。

それを、「○か×か」、「どちらか一方が正解で、もう一方不正解」のように、極端な二択でとらえてしまうことは、まるで「灰色とは、白に属するのか?それとも黒か?」と、難しい問答をしているのと同じです。白でも黒でもないからこそ、灰色なのであり・・・、世の中の多くの物事は、どちらともとれる、グレーゾーンに属すると思います(そういう分類をするならば、ですが)。

その時々で、白に近く感じられたり、黒に近く感じられたり・・・、物事に対する認識というのは、「自分の尺度」が反映して、暫定的な答えを出しているに過ぎません。どれほどに考えても、白か黒かを(万人が納得するような)明確な定義の発見に至ることは、ないと思います。

それぞれ考え方や性格が違う以上、お互いに、ある程度の「グレーゾーン」を認めていくことが、ちょうどよい距離感となり、関係がスムーズになるのではないでしょうか。

ある問題があって、「相手が悪いのか、それとも、自分が悪いのか」という思考から抜け出せない方は、そういう、白か黒かに二分してしまうような思考の習慣そのものが、相手との関係を難しい状態にしている要因のひとつかもしれません。

すべてが白か黒かで割り切れたら、とても簡単です。しかし、そう単純明快にいかないからこそ、人は悩み、苦しみ・・・、ときに忍耐の必要が生じ、理不尽さを感じたりもする中で、さまざまな知恵を身につけ、成長していくのではないでしょうか。

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