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2010年1月 7日 (木)

所有に対する考え方。

私たちは、誰もが少なからず、「失うおそれ」を持っているものです。それは言い換えれば、「所有への欲求がある」ということでもあります。

人としてこの物質界で生きている以上、誰もが多少なりとも所有欲を持っているもので、そして実際に物がなければ生活出来ないのですから、物を欲する気持ちは、ある意味、自然な欲求だと言えます。

考えるべきことは、何事も程度問題であり、必要以上に(使うためではなく、所有欲を満たすために)物を集め過ぎていたり、物で幸せの尺度を計ろうとしていないか、という点です。

本当に、その物自体が「必要だから欲しい」のであれば、一度手に入れたら満たされます。しかし、「心の隙間」を物で埋めようとして、高価な買い物をしてしまうのならば、どれだけ買い続けても、終わりがありません(精神的な欠乏を物で埋めようとしても無理があります)。

物質があればこそ、それを得たときの喜び、失ったときの儚さという感情を経験することができます。そしてその過程で、物質にこだわるからこそ、失う怖れの気持ちが出てくるのだと、知ることができるのですから、物質に囲まれているこの世という環境も、そしてそれらを得たい気持ちも、私たちには必要なものだといえます。

気づきを得てから、実際にその境地に至るまでには、時間がかかりますが、自分の過度な所有欲(本当に必要なもの以上を求める欲という意味で)が、どこから来ているものなのかを見つめていくと、自分の内的な課題が見えてくることがあります。

この物質社会で、お金さえだせば、おおよそのものが手に入る時代に生きて、私たちは「何を得るか」「なぜ得る(得たい)のか」を、経験から学んでいるのですね。

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