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2010年1月 9日 (土)

「感覚」で把握するタイプの霊能とは?

私たち人間は、肉体を持った霊(的存在)ですから、誰もが霊感を備えています。一般に、「霊感がある」という表現をする場合は、「(平均以上に)霊感が強い」という意味で使われることが多いです。

平均以上という意味での霊感・霊能の表れ方には、主なものとして、霊視=みえる、霊聴=きこえる、(霊)感覚=感じる、などがあります。

みえる、きこえる、の場合は、理解しやすいでが、感覚というのは、対象範囲が広いので、どこまでが平均的で、どこからがそれ以上か、という区分が難しいところもあります。

誰にでも霊感は備わっていて、無意識であれ日頃それらの感覚を使っているものなので、「何となくそう思う」、「○○という感じに思える」、というのも、広い意味でとらえれば、霊的な感覚で何かを把握している可能性はあります。

しかし、一般的に、霊能としての「感覚」という表現を使う場合には、それらのあいまいな感覚とは少々違うものである、と私は認識しています。その場合の感覚とは、「はっきり、そうと体感する」「明らかに感じ取って認識する」レベルのものです。

霊能力者にも、それぞれ得意な資質があり、視覚に長けている人もいれば、感覚が優れている人もいます。霊能力というと、一般的に、霊視がイメージされると思いますが、実際には、(視覚も使うとしても)主に感覚で把握し、「感じ分ける」ことで、素晴らしいリーディング力を発揮する方も大勢います。

感じる力は誰にでも備わっているとはいえ、スピリチュアルな仕事をするための(霊)感覚とは、何となくそう思う・・・という程度では、成り立っていきません。あいまいな感覚と、霊能的レベルの感覚とは、同じではありません。この点は、スピリチュアルな仕事を志す方に、声を大にしてお伝えしたい部分です。

キャッチボールは誰にでも出来ますが、150キロのスピードを出すのは誰にでもできません。人様の人生を変えてしまうかもしれない霊的アドバイスを、あいまいな感覚に頼って行うのはあまりに無責任ですし危険すぎます。

自分のガイドスピリットから(仕事をするうえでの)霊的な働きかけがあれば、これらのことも、ごく自然に「分かって」いくものです。

人格を磨いていかないことには、この種の「回路」は活性されないので、仕事を志す方は、人格を高める努力も大切です。

私自身は、一般的な平均からすると、強い感覚はありますが、スピリチュアルな仕事をしている人の平均からすると、・・・「感じ取る力」のみに限定すれば、そんなには高くない、むしろ鈍い( ̄w ̄)ほうではないかと思うこともあります;。

なぜ私が、感覚が鈍いか(笑)という点についても、文章化して説明することができます。資質、特性からくる理由があります。それはまた別の機会に書かせていただきます。

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