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2009年12月28日 (月)

「物質的価値観に傾いた、精神主義者」にならないように、正しい理解を。

私も含めて、江原さんの本をよく読んでいる方は、「物質主義的価値観」という言葉を、何度も目にしていると思います。精神を置き去りにして、物を過剰に重視した考え方をそう呼びます。

過剰に、とあえて書いたのは、この物質界においては、どうしても物は必要であり、大切だからです。適度には必要であっても、過度になると、バランスが崩れるのはどんなことも同じですよね。

江原さんの本の説明では、物質的価値観とは、客観的にわかる物質、例えばお金や地位や学歴などの物質の豊かさをもたらすものに至上の主義を置くことで、その対極にあるのが「精神的(霊的)価値観」である、となっています。

この説明から、例えば「皆が持っているから、ブランドのバッグが欲しい」、「誰もが知っている有名な会社でしか働きたくない」、「お金がないから不幸だ」、という考え方は、物質的であることが分かりますよね。

そして、「どうすれば、お金持ちと結婚できて幸せになれますか?」、「宝石を買ったほうがいいでしょうか、やめたほうがいいでしょうか?」という質問は、物質を重要視している考え方からくるものであるとも、分かると思います。

で、ちょっと分かりにくくて誤解に繋がりやすいと思われるのが、例えば「私の将来は幸せになれますか?」とか、「どうして努力が報われないのでしょうか?」というような質問も、動機によっては物質的価値観である、という点です。

幸せの定義はいろいろですから、イエスかノーかでくくれないし、未来は自分が作り上げていものであり、あらかじめ決まっているものではありません。自分が何かをしたら、その分対価がくるはずだ、という考え方も、とても現世的だともいえます。

この世を生きる限り、物質は必要なものです。過剰になったらよくないとはいえ、「物質を得たい」という気持ちそのものが、すべて悪いという意味ではありません。物質至上主義になったらいけない、ということであり、目的意識のために出世を望むことも、ブランドの品物を欲しいと思うことも、それらが悪いということではないのです。

同じように、議題が「目に見えないこと」であったとしても、それらを「まるで、物のように、いいか悪いか、○か×か」のように判断したり、「どうすれば楽に得ができるか」、「なぜ、○○をしても、結果が××にならないのかと、カルマの法則を交換条件のように考えること」等は、まったく霊的ではなく、それは物質的な考え方です。

見えないことについて語れば、何でも霊的なのではありません。この点は、誤解のないよう、正しく理解する必要があります。

江原さんの本で、これらを語る際に、もうひとつよくでてくる表現が「現世利益(げんせりやく)」です。今さえよければいい、どうすれば得ができるか、これは、まさしく物質的価値を重視した考え方ですよね。

霊的価値観とは、たましいは今回の生が終わっても、永遠に続いていくものである、という前提で、長い目で、すべてを包括して考えていくことですから、今どうやって得をするか、という点に過剰にとらわれる(現世利益)ことは、たとえ目に見えないことを語っていたとしても、それは霊的とは言わないのです。

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