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2009年11月 1日 (日)

全体的な広い視野を持って、スピリチュアリズムをとらえていきましょう

私は、「どんな出来事にも、何らかの意味があることは確かだけれど、・・・すべてが「重要な意味」があるとは限らないので、ひとつひとつの出来事に、過剰な霊的解釈を求めすぎないほうがいい」という考え方を持っており、皆さまから寄せられる質問などにも、そのスタンスでお答えしています。

個人的かつ特定の出来事に対して、「どんな意味か?」もしくは、「このような意味に解釈してもよいのか?」というご質問には、私は、「そうかもしれませんね」くらいにしか、答えません。

明らかに間違った解釈だと思われるものは別ですが、だいたい「範囲内」と思われる解釈には、「それで正しいですよ」などと断言もしないし、特に否定もしない、という形の答え方にしています。

お聞きになる方からすると、物足りないかもしれませんが(笑)、物事というのは複数の要因が作用し合ってなされており、たったひとつの原因のみで成り立っているものではない以上、ある理由が「正しい要因」だったとしても、「そのことが、唯一無二の理由とは限らない」わけで・・・、その他にも重要な意味を含んでいるかもしれず・・・、軽々しく、断言できるものではないからです。

特に、スピリチュアルの知識が少ないと思われる初心者の方には、断言をしないように気をつけて話すようにしています。なぜなら、誤解が生じやすいからです。

自分の人生を自分で紐解いていくのが大切で・・・、そのための感性を磨いていくことが「精神的な成長」で・・・、今後同じケースがでてきたときに、自分で(スピリチュアルな法則に当てはめ)答えを出せるような「考え方」を身につけていくべきだと思うからです。

「考え方」を身につけようという意欲があれば、最初はわからなくても、だんだん自分で考えることができるようになります。上記は、スピリチュアリズムをあまり理解していない方に対しての話です。

では、上級者には、どんな対応をするかというと・・・。その答えは、ありません。

なぜなら、上級者は、「これには、どんな意味がありますか?」という質問をあまりしません。そういう疑問の抱き方をしないのですね。

すべてに(何らかの)意味がある以上、一つの出来事に過剰にこだわりすぎることは、砂利道の中で、たったひとつの石を取り上げ、「これは石ですか?」と、考えるようなものです。

確かに、そのひとつも石だけれど、・・・足元には無数の石があります。広い視野で、無数の石を認識すれば、目の前の一つの石にこだわりすぎることが、どれほどに「小さい」ことか、理解できるようになるでしょう。

包括的、全体的な考え方ができるようになると、個別の出来事よりも、全体をつかさどる「仕組み」を知ることに、意識が向かっていきます。全体をつかさどる仕組み、それこそ、スピリチュアリズムという思想そのものです。

カルマの法則、たましいの成り立ち・・・、私たちは何故生まれ、何を学ぶために生きているのか・・・、興味の対象が、そちらの方向に移り変わっていくのです。自分で自分を導いて、「探究」していけるようになるからです。

「疑問を抱くこと」や、「個別の出来事にとらわれること」が、悪いという意味ではないのです。最初は、そこからスタートするものであり、誰もが通る道だと思います。でも、いつかは、そういう考え方から抜け出して、広い視野を身につけていこうという意思を持って、自分の人生に挑んでいただきたい、そのためにスピリチュアリズムという思想を「活用」していただければと思います。

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