« 一年前から予知?していた、あるCMの話。 | トップページ | 山にこもるよりも、「里の修行」が大切であり、そして難しい。 »

2009年10月28日 (水)

悩み事を増やしているのは、自分(という場合もある)。

答えの出ないことを、悩み続けると、考え方が、ひとつの方向に固定されてしまい、さまざまなケースに対する柔軟な考え方ができなくなることがあります。

例えば、仕事の人間関係で悩んでいるとします。「この問題は、どうやったら解決するのだろう」「いつになったら、状況は変わるだろう」「何が原因で、こうなったのだろう」と、考える時間が多くなります。

それらの疑問に対しての、自分なりの答えというのは、都度、頭に思い浮かんでいくと思うのですが、しかし、自分の気づきや納得には繋がるとしても、瞬時に現実に反映して、問題が消えてなくなるわけではない以上、また、同じような内容を、思い出しては、考え、悩む・・・ことを、繰り返してしまうものだと思います。

だからこその、「(すぐには解決しない)悩み」なわけで・・・、この部分を、割り切りなさいといっても、それはムリというもの。悩まないに越したことはないけれど、ある程度、しょうがないことだと思います。

ただ、このとき、注意していただきたいのは、上記のような状態が長く続くと、自分の中で、悩みの思考スタイルが習慣になってしまい、無意識のうちに、他の事柄にまで、その思考スタイルを適用し、ご自分が懸案事項を増やしてしまっていることもある;、という点です。

悩んでいること以外の、それほど重要ではない選択にも、上記の考え方を(ご本人は、無意識なのですが)当てはめるので、本来ならば容易なはずの決定事項にも、いつまでも答えが出ず、「やりかけ」「未決定」の事柄が、次々に増えてしまうのですね。

習い事のスクールが、「A」と「B」で迷っていて、Aが望ましいけれど場所が遠くて通い続ける自信がない、近くのBだとピンと来なくて・・・、などという内容で、いつまでも迷ってしまうのです。例えば、結婚とか、転勤とか、数年単位で関係してきそうな重要なことを、上記のように悩むなら、わかります。けれど、趣味のスクールならば、いやなら、いくらでも後で変えられますよね。Aに行ってみて、遠くて大変だと思ったら、Bに変えればいいだけのことです。

ところが、上記のような状態にあると、このような思考に至らないのですね。思考がとても狭い範囲で固定されてしまって、柔軟さを失い、あれもこれも、八方ふさがりのような気持ちになってしまいがちです。

時間が経って、冷静さを取り戻せば、その状態にあった自分が「視野が狭くなりすぎていた」と気づくでしょうが、渦中にいるときには、自分では気付きにくいものかもしれません。誰もが、そのような状態になってしまう可能性があります。悩まなくていもいいはずのことを、自分が「悩み事」にしてしまっていることも多いので、柔軟に考えるようにしましょう。

|

« 一年前から予知?していた、あるCMの話。 | トップページ | 山にこもるよりも、「里の修行」が大切であり、そして難しい。 »

10.考え方、感情」カテゴリの記事