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2009年10月22日 (木)

比較。

スピリチュアル系の本などで、「他人と比較してはいけない」「比較は無意味」などの記載をよく見かけますよね( ̄∀ ̄)。

私は、この世は「相対の世界」であって、比較することで、(例えば、自分と他人、などの差を)認識できる場所である、と、何度となく書いています。その点を、混同して解釈なさる方がいると困るので、説明をしておこうと思います。

「他人と比較しては、いけない」という言葉の受け止め方としては、それぞれ独自の資質があり、う人間であるのだから、他人と自分を比べて“優劣”をつけるような考え方は、やめましょうという解釈をなさっていくのがよいと思います。

相手の素晴らしいところを参考にするとか、自分の至らない部分を努力するとか、そのためのモノサシとして、比較をするならいいですが、相手があんなにすごくてズルい;とか、自分ばかり損をしている;とか、私はどうせダメだ;、とかですね、そういう比較はしないほうがいいし、しても意味がないと思います。

別の人間なのですから、「別の素材」を比較しても、評価は偏りますよね。例えば、日本とフランスはどちらが素晴らしいか、と言われても、「センス」とか「文化」とか「国民性」などは、数値化できませんので、その人の好みでしか答えがでません。それと同じで、人の資質を比較しても・・・、ということです。

一方、私がここでよく取り上げる「比較で認識する(ことのできる世界が、この世)」というのは、自分を計るための、目安として、周囲の要素を活用する、という意味合いです。どちらが上だとか、劣っているとかの優劣をつける目的ではありません。このような考え方は、必要だと思います。

以前よりも、こだわりが薄れた自分」というのは、過去との比較で感じることですし、「あの人の活動を目標にしよう」という意思も、相手と比較して、見習うべきところを見つけていますよね。

「比較」に限らないのですが、言葉にはいろいろな使い方も解釈もあるわけで、表面的な「言葉」が大事なのではなく、「解釈」が大事だと思います。感性を働かせれば、そのあたりは「分かる」はずです。

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