« 霊的エネルギーは、電気系統に近い。 | トップページ | 相手がいてこそ、よい種まきもできる。 »

2009年9月20日 (日)

「よい種をまく」行為は、難しく考えなくていい。

スピリチュアリズムの大原則である、カルマの法則とは、「自分のしたことは、(よいことも悪いことも)必ず自分に返ってくる」という、仕組みを表わした言葉です。スピリチュアルに興味がある方なら、誰もが知っていることですよね。

人生を充実させることと、たましいの成長を願うのならば、(行いが返ってくるのだから)「良いこと」を、積み重ねていく姿勢が大切です。

けれど、この仕組みを理解していながらも、なかなか、実践ができない人もいるでしょう。多分、そういう方たちは、「良いこと」を、難しく考えすぎなのだと思います。

なんかこう・・・、とても大がかりな、「莫大な寄付」とか、「地雷撤去活動」みたいな、誰が見てもそうとわかりやすいものだけをイメージしてしまって、日常の小さな行為が、自分の頭の中で、「良いこと」や「奉仕」と、結びつかないのでしょうね。まぁ、その気持ちはわかりますが。奉仕という言葉は、非日常なイメージもありますよね、なんとなく。

でも、「良い種をまくチャンス」は、日常にいくらでも存在します。街で、知らない人から道を聞かれたときに、親切に教えてあげることや、スーパーで、商品が棚から落ちているのを見つけたら直しておくことなども、小さいことだけれど、良い種まきと考えていいと思います。

また、自分が意識していない場面でも、自然に良い種まきがなされることもあります。それは、相手が、(自分の言動から)何かを学んでくれたことから、相対的に自分によいカルマが積まれる場合です。

例えば、あなたの立ち姿が美しいとして、その様子を見ていた知らない誰かが、「あの人は、姿勢がよくてすばらしいな、見習おう」と思ってくれたら、あなたは、その人に、(よい影響を与えるという)奉仕をしたことになります。あなたの、美しい文字、美しい言葉づかい、元気な態度・・・、それらすべては、間接的に、たくさんの良いカルマを積むことができる可能性を秘めているのです。

つまり、「人の手本となる(要素を持っている)自分」でいられれば、それがそのまま、良い種まきに繋がるのです。自分を向上させることは、自分のためでもあり、そして人のためにもなり・・・、人のためになったことは、良いカルマとして、自分の徳になる・・・、というサイクルで作用しているのですね。

このように考えると、「どうやって、日常生活の中で、良い種をまこうか」と、方法を模索すること自体が、楽しくなります。そして、その考える行為が、新たな気づきに繋がったりして、スピリチュアルな感性が、ますます磨かれていくものです。

|

« 霊的エネルギーは、電気系統に近い。 | トップページ | 相手がいてこそ、よい種まきもできる。 »

05.カルマの法則」カテゴリの記事