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2009年7月の5件の記事

2009年7月30日 (木)

初対面の人から「蒔いた種」が、返ってくることもある。

カルマの法則とは、「自分がしたことは、必ず自分に返ってくる」「蒔いた種は、(よくも悪くも)実る」という、スピリチュアリズムの大原則です。

自分が原因を作ったことが、「どのように」返ってくるかというのは、誰もが一番知りたいところなのですが、それは、あちらの世界の裁量であって、私たちが、自分の好むように、時期や目的を特定することはできません;。

けれど、いつか必ず何かの形で返ってくることは決定事項です。これは、絶対の法則ですから、変えられません。そして、「意外なところから、返ってくる」のが、この法則の面白いところでもあり、わかりにくいところでもあるかと思います。

Aさんに親切にしたという、良いカルマは、Aさんから返ってくるとは限らず、全く別のBさんから、返ってくることもあります

むしろ、そのようなケースが多いでしょう。あまり親しくない人や、初対面に近い人から、とても親切にされておどろいたという経験なども、霊的視点で考えれば、(もちろん、その相手個人に感謝はしなければなりませんが)自分がどこかで蒔いた種が実った結果です。

この仕組みを知ると、何かをしてあげた相手に対する執着や恨みの気持ちが薄れていきます。Aさんにたくさんのことをしてあげているのに、全く感謝もされなくても、不満に思うことはないのです。あなたがしたことは、いつかあなたに返ってくるのですから、そのうち、Bさんか、Cさんか、わかりませんが(笑)、・・・誰かを通して、あなたのもとに、徳が返ってくるでしょう。

以下の「構図」も、是非、理解なさってください。あなたが、Aさんのために奉仕したことが、(Aさんには感謝されず)Bさんから返ってきたとします。あなたとしては、「自分がしたこと/返ってきたこと」の、プラス/マイナスのバランスは取れたことになりますよね。

では、Aさんは受け取る一方でプラスだけとなり、Bさんは、あなたに奉仕をしてマイナスとなり損をしたことになるのかというと・・・、そうはなりません。

それは、あなたからみた、平面的な状況が、そう見えるだけであり、カルマの法則とは、「自分がしたことが、自分に返る」のですから、Aさんは、あなた以外の誰かに、いただいたものを返すことになるでしょうし、Bさんも、他の方から何かを得るのでしょう。

そのように、カルマの法則とは、1対1の当人同士の間に限らず、広く、網目のように複雑に綱がっている関係を通してもたらされ、やりとりがなされるようになっています。しかし、プラスとマイナスの帳尻は、必ずあっていくのです。まかない種が実ることはないのですね、誰にとっても、どんな場合でもそれは変わりません。

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2009年7月22日 (水)

「子供のころを思い出すと、自分のやりたいことが見えてくる」、その理由。

江原さんの本の中で、「自分の資質や得意なことを知るため、または、自分が何をやりたいのか分からない人は、子供のころに好きだったことや得意だったことを思い出せばいい」という記載が、頻繁に出てきます。今回は、このことについて、さらに掘り下げて書かせていただこうと思います。

理由は、大きく分けて、2つあります。

まず、ひとつめは、「子供のころは、素直に、好きなことに取り組むものだから」という点です。大人になると、何をするにも理由をつけます。「こんなことをしても、時間の無駄になる」「もっと上手な人と比較されると恥ずかしいから、やらない」「○○のほうが好きだが、××のほうが得をする」・・・等々、周りの視線や、損得勘定で、判断をしてしまうことが多くなります。

もちろん、そのことが悪いというのではありません。それは、大人として、社会人としての知恵であり、常識だと思います。逆に、社会の中で、「好き・嫌い」の感情論で行動されても、・・・それは、困ったことになります。

何でもすべて、この考えをあてはめなさいというこではなく、「何をしたいか、分からない人」「自分の得意なことは、何だろう?」と思っている人に向けての、「考え方の提示」です。子供のころは、自分が楽しいと思うことに没頭した経験が、誰にもあると思うのです。そのことを思い出してみれば、自分でも忘れていた、楽しいことや才能のかけらを、再発見できるでしょう。

ふたつめは、「人は、自分のたましいの学びに、ふさわしい環境を、選んで生まれてくる」という、スピリチュアルな理由からです。

例えば、伝統芸能を職業とする学びをしたければ、歌舞伎役者のお家などに生まれることで成されますが、一般の家庭に生まれると、道のりは困難になりますよね。野球をやるなら、日本全国さかんですし、学校でも出来るでしょうが、ノルディックジャンプをやろうと思ったら、北海道ならベスト、少なくとも長野あたりに生まれて、ジャンプを練習できる環境で幼少期を過ごさないと、これまた、難しいわけで・・・。

すべては必然で、私たちは、「選んで」この世にやってきています。自分の資質や課題に見合った家族構成や、地域、性別、その他さまざまな事柄を「選んで」生まれてきていますから、子供のころに経験したことには、関連する要素が無数にあるはずなのです。

自分の好きだったことも、家庭環境、家族構成にも、(自ら、選んできたのですから)ヒントが沢山ちりばめられているはずで、「子供のころを、改めて思いだしてみる」ことは、とても有効な方法なのです。

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2009年7月17日 (金)

オーラの把握の仕方。

おもに「視覚で把握する方法」と、「感覚で把握する方法」とがあると思われます。・・・ほかにもあるかもしれませんが、通常、一般的には、この2つを組み合わせて把握するものと思います。

視覚で把握する方法は、だいたい想像がつくと思いますので、ここでは記載を省かせていただきます。感覚で把握する方法とは、「相手のオーラを、自分に映し込んで感じ取る」・・・ようなものです。

ここでいう「感じる」「感覚」というのは、「なんとなく、そんな気がした」とかの「感じ」ではなくて、明らかに、自分が(映し込んだ情報を)体感する、という意味です。

セッションの最中に、「痛っ!」「イテテテテ・・・・」とか、騒がしい霊能者は、感覚に長けているタイプですね。私の師匠が、まさしく、そうです。オーラのくもりとか歪みとかに触れると、痛みで感じる力が高いです。・・・私は、体感が優れていないので、そこまでは騒がしくないですが(笑)。

相手のオーラに現れる不具合の箇所を、左右逆に感じ取ってしまう、という方の話を聞いたことがあるのですが、これは、映し込む際に、「裏焼き」してしまうことが原因ではないかと思われます。

こうやって、自分を映写スクリーンのように使って把握するので、非常に疲弊もしますし・・・、精度も100%にはならない(こともある)のです。真白なキャンバスに映写するなら分かりやすいですが、なにしろ映し込む先は「自分」なので・・・、多少のバイアスが掛かってしまう可能性もあります。

オーラの把握に限りませんが、正しく見分けるためには、常に高い波長を保ち、クリアな意識でいなければなりません。まず、自分自身のオーラが整っていなければ、相手のオーラを映し込んでも、正しく把握できないからです。「まずは、自分」。どんな場合でも、この点は基本ですね。

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2009年7月15日 (水)

「瞑想」と「カルマの法則」は、スピリチュアルな学びの基本セット。

「スピリチュアルな能力を獲得できる方法」というものは存在しませんが、「スピリチュアルな感性を高めるための練習方法」は存在します。

いろいろありますが、まずは、瞑想が基本です。基本を繰り返すこと、積み重ねていくことが大切です。最初は、なかなか、「実感」ができないので、継続するには忍耐力がいるかもしれません。

けれど、続けていけば、いつか必ず、「ある、感覚」を体感することができます。それは、高い波長に触れるという、体験(体感)です。

そうすると、続けていこうという意欲がわいてきます。短時間でもよいので、習慣にしていくと、オーラの状態も変わっていきます。

私も、まずは瞑想からはじめました(というか、瞑想から指導されました)。

3か月ほど経った時点で、以前よりも明らかに「軽く」なった自分を実感して、それからは、自発的に瞑想に取り組めるようになりました。この仕事をするときには、意識的に自分の波長を切り替える・・・というか、瞬間的に持ち上げ?コントロールすることが必要となってくるのですが、私は、「瞑想の感覚を応用」しています。瞑想をしっかりと練習しておいて、よかった~と、感じる瞬間です。

瞑想は、誰もが必ずやるべきこととは思いません。やりたい人や、必要のある人がやればいいことですが、将来的にスピリチュアルな仕事を志す人にとっては、瞑想ができていることは、「必須条件」です。出来ていないと、自分が(仕事上)困ることになるでしょう;。

技法としては、「瞑想」。そして、知識としては、「カルマの法則」。

この二つは、学びの「基本セット」です。ここから連なるように、多くのことが派生していきます。

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2009年7月 9日 (木)

「霊能力の精度は、よくて7割程度」という事実。

霊感とは、誰にでも備わっている資質です。強い弱いの差はありますが、全くもち合わせない人は、ひとりもいません。私たち人間とは、「肉体をもった霊」です。本質は、「霊」ですから・・・、誰でも霊感はあるはずなのです。

そして、職業霊能者というのは、霊感が、並はずれて発達しているわけですが、・・・だからといって、100%は、あり得ません。

霊能者も、人間である以上、「肉体をもった霊」にすぎず、「霊、そのもの」ではありません。肉体をまとっている限り、霊能力が「完全」になることはありません。

スピリチュアリズムの通説では、優秀な霊能者でも、6割~7割~8割くらい当たればよいほう、と言われています。

つまり、どんな優秀な霊能者でも、残りの3割程度の範囲で、間違う可能性もある、のです

・霊能者にも、得意分野があり、把握しやすいことと、苦手なことはある。

・霊能者のコンディションにより、精度は左右されることもある。

・能力が高い霊能者なら、過去をほぼ正確に見通すことはできるかもしれないが、かといって、過去を当てるのと同じ精度で、未来を読み取ることは不可能。なぜなら、未来は不確定であり、決まっているものではないから。「そのときの状態からの、未来の可能性を読み取る」ことと、「確定した未来の予言」を、同列に並べることはできない。(つまり、未来について語れば語るほど、霊査の精度は低くなり得る)

・霊能者とは、所詮人間であり、全能であるはずがない(笑)。

・後ろの人は、物質的な質問(どちらが得をしますか、○○をすれば幸せになれますか、等)には、あまり答えてくれないものである以上、どれほどに霊媒力が高い霊能者でも、依頼者の望む質問に対する答えを、必ず受けとれるわけではない

・スピリチュアルなこととは、本来、言葉では語りきれるものではない。それを、何とか言葉に置き換えて説明するにしても、やはり限界があり・・・、解釈にバイアスがかかる可能性もある。

まだまだ、いくらでも書けますが、きりがないので、このへんにしておきます。

私が、HPやブログで「私のリーディングを完全だと思わないでください」と書いているのは、決して謙遜しているのではなく(笑)、それが、「事実」だからです。事実は、きちんと明記すべきと思います。

私は、リーディングの際に、未来については(少し触れることはあっても)あまり詳しく語りません。私が(その時点で)把握していることをお伝えしたところで、未来は移り変わる以上、有意義でない場合が多いと、分かっているからです。

たまに、「未来を知っても、絶対に依存しないので、教えてください!」とか、言われることがあるけれど、・・・そういう理由でお伝えしていないのとは違うんですよね。気持はわかりますけれども、未来について語れば語るほど、霊査の精度は下がると、わかりきっている以上、軽々しく口には出来ないというか・・・。

それに、得意分野、タイプによっても、把握できる範囲も違ってきますしね。その点も、きちんと体系立てて、何がどう違うのか、説明がつくことなので、いつか別の機会に書きたいと思っています。

・・・知りたい人がいれば、ですけど。そういうマニアックな知識は、求められているのでしょうか(笑)。この、「霊能に100%はない」という点も、今回だけでは語り足りないので、さらに詳しく、より具体的に、今後も書いていきたいと思います。

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